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2006年01月14日

キャベツのパスタ

pastakyabetu.jpg

 つやつやと色鮮やかなキャベツと、薄桃色のベーコン。塩とコショウ、そしてオリーブオイル。ただそれだけのシンプルなパスタ。
 メニューに、このパスタを見つけた時には驚いた。慌てて振り向き、オープンキッチンをのぞきこんでしまったほどに。もしかしたら夫かもしれないと思ったのだ。いや、正確には元・夫だけれども。ある日突然私の前から姿を消した義昭が、この夢見食堂のシェフなのではないか。そう思ってしまったのだった。

 13年前のうららかな日曜の夕暮れ近く。ちょっとそこのスーパーまで行ってくると言って出かけた夫は、それきり帰ってこなかった。研いだばかりの菜切り包丁を、まな板の上にきちんと置いたまま。事故か事件に巻き込まれたのではないかと、捜索願いも出したし、心当りを片っ端から訪ねて歩いたりもした。でもどこにもいなかった。結局夫には「蒸発」という烙印が押され、初めはそのことに納得しかねていた夫の家族や友人達も、そして私も、その曖昧な烙印をそれぞれの胸にしまいこみ、見て見ぬふりをしながら、しだいに日常に戻っていった。義昭というひとりの男が欠けた日常に。

 唐突に離婚届が送られてきたのは、それから3年後。私が30歳になった年だった。縦長の封筒に入ったそれを見たとき、一瞬何かの冗談かと思ったくらいだ。その日は七夕だったから。離ればなれのふたりが年に一度だけ逢瀬する七夕に、こんなものが届くなんて。驚いたり怒ったりするより先に、なんだか呆れて笑ってしまった。添えられた白い便箋には、詫びの言葉がひとこと書かれていただけだった。薄っぺらい離婚届に署名捺印された義昭という文字は、精一杯ていねいに書いたらしく、まるで見知らぬ男の名前のようだった。私はダイニングテーブルの椅子に腰をおろし、負けないくらい丁寧に自分の名前を書いてから、長い長い溜息をついた。判子を取りに立ち上がると、窓の外に雨が降っていた。七夕に音もなく降る雨は、私の涙のようでもあり、どこか遠くの空の下で、他人の顔をして生きている夫の涙のようでもあった。

 オープンキッチンから、オリーブオイルの匂いが漂ってくる。そっと振り返ると、シェフが真剣な面持ちでフライパンを振っていた。夢見食堂のシェフは義昭ではなかった。歳は義昭と同じくらいかもしれないが、顔は似てもにつかない。若いときは、さぞかし女性にもてただろうと思わせるようなシェフに向かって、人の良いだけが取り柄の丸顔で目尻のさがった元・夫と間違えたなんて言ったら、気を悪くするに違いない。
 でも、その人の良いばかりの夫のことが、私は確かに好きだったのだ。今夜はあのパスタがいいな。もう春キャベツが出ているかもしれないし。あの日、日曜のたびに腕をふるう夫に私は甘えてそう言った。もしかしたら夫は春キャベツを探しに、どこか遠くまで行ってしまったのかもしれない。美味しいキャベツを求めて、さまよい歩いているのでは。行方知れずの夫の帰りを待ちながら、私は何度もそう思った。そんな酔狂なことをする人ではなかったが、そんな馬鹿な想像でもしないことにはやりきれなかったのだ。
 だが、その想像はそれほど間違ってはいなかったのかもしれないと、今になって思う。人というのは、時に自分でも驚くようなことをしてしまうものだから。なぜ、と問われても、はっきりと答えられないようなことを。

 今日の夕暮れ、私は旅に出る。男とふたりで。長年勤めてきた歯科医院の先生の息子と。あの日以来、生真面目な堅物を通してきた私が、40にもなって年下の既婚者と恋に落ちるなんて。熱に浮かされたような彼の口説き文句を、最初は笑ったはずなのに。どうしてこんなことになったのか。いくら考えても答えは出ない。
 もしかしたら、きっかけはキャベツのパスタだったかもしれない。あの日食べられなかったれなかった夫の得意料理、自分で作ることさえ拒んできたそのパスタを、この店のメニューに見つけて思わずオーダーしたあの時。キャベツの優しい甘さ、香ばしくて少し塩味の効いたベーコン。その懐かしい味に、香りに、何かがほろほろと解けていったのだ。それが何なのか、よく分らないけれど。

 大きな窓の向う、眼下に広がる薄青い海が、柔らかな陽射しを受けて光っている。霞に煙った水平線。果てのない海。夢見るような、うららかな春。

ミメイ

「作り方は簡単です。新鮮なキャベツさえあれば。でも今は巻きの悪いものしかないのがちょっと残念だけど。これをザク切りにして小さめのザルに入れてパスタの茹で上がる1~2分前に同じ鍋で10~15秒ほど火を通し、あらかじめ2cmくらいに切ってフライパンで炒めておいたベーコン(ウチではここに糸切り唐辛子を少量加える)に合わせ、少し火をいれる。そうこうしているうちにパスタが茹で上がるのでこれも入れて火を入れながら混ぜ合わせる。この時茹で汁がバシャバシャと入ってもかまわない。これで塩味がつく。水気がなくなってきたら味を見て、塩・コショウ。最後にお好みでヴァージンオイルとパルメザンを。要はフライパンでも火が入るのでパスタもキャベツも茹ですぎないこと。新鮮なキャベツなら間違いなく春に出会った気がします。特に誰かと旅に出なくても」

夢見食堂シェフ

投稿者 mimeo : 2006年01月14日 02:58

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コメント

この組み合わせは私もよくします!!
春キャベツ、美味しいですよね~
ベーコンともGOODですが、シーチキン&オニオン&春キャベツっていうのもよくやります。
うちの子供達は、オイル系のあっさりしたのが好きなので。

今回のはミメイさんのお話が付いてる。
思いがけず、世界に引き込まれてしまいました。
不意打ちでした・・・

投稿者 みか : 2006年01月14日 11:30

みかさん

夢見食堂のメニューには「ミメイのお話し添え」というのもあるのです。時々それをアップしていきます。

シーチキン&オニオンというのも美味しそう。ウチにはシーチキンのメニューがほとんどない。今度やってみよう。

ミメオ

投稿者 ミメオ : 2006年01月15日 07:26

みかさん
さっそくに読んでくださって嬉しいです。
これからもボチボチ書いていくつもりなので、
どうぞよろしくお願いします。

シーチキン料理、そういえばなかったなぁ。
食べてみたいなぁ。
こんなふうに「我が家の味」を教えてもらえると嬉しいね、
と、夢見荘亭主も女将も大変喜んでおりまする。
うふふ。
みかさん、どうもありがとう。

投稿者 ミメイ : 2006年01月15日 23:38

わーい!!
以前、ご馳走になりました。このパスタ^^!
ベーコンの塩味とキャベツの甘さ、そして少しの唐辛子のピリッと感で、とてもおいしゅう頂きました。

あれから3年経ちます。

ミメオさん^^!
あの時、「元気」も一緒にもらったよ。
長く「闇」の世界に居たけれど、漸く光が見えてきた今日この頃。
また、遊びに行かせて下さいませ^^!!

投稿者 ゆみえ : 2006年01月16日 15:41

ゆみえちゃん(本名かよ!)

そうか、あれから3年も経ったのか。どうりでミメイが皺だらけになる筈だ。
ウソ!これはウソだかんね。
ホントは年々若くなってるんだよ、ミメイは。ゴホッゴホッ。

速く歩こうとすると人生は短いけれど、ゆっくり歩けば人生は長い。
のんびりやりな。

また遊びにおいで、酒の弱い男を連れて。

ミメオ

投稿者 ミメオ : 2006年01月16日 17:57

み、ミメオさんに夫? それはミメオオ? とか
考えたのはほんとにわたしだけですか。
どうせ、わたしだけです。すみません。

キャベツのパスタを再現しようと自己流に試作してみて、
これってやきそば? という失敗作を前に途方に暮れた
ことを思い出しました。ゆで汁がポイントなんですよね。
うんうん。今ではお得意レシピに入ってます。
アンチョビ&キャベツがお気に入りです。

投稿者 スギモト : 2006年01月16日 22:30

スギモトさん

「わたしだけ?」って、代田ひかるじゃないんだからね。
「ここはミメオが書いている」という先入観、分らないではないけど、
ミメオに夫がいるわけないでしょ。
ただ僕も時々もう一人ミメオがいるといいなと思う。肩が凝った時とか。

焼きそば風キャベツパスタ。もろ関西やんか。でも美味しかったりして。

ミメオ

投稿者 ミメオ : 2006年01月17日 06:36

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