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2006年02月26日

イタリアン~パスタ編

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ミートソース

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ショートパスタのトマトソース

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明太子スパ

初めてパスタを食べたのはいつのことだったのだろう。
子供のころ家で中華そば(当時はラーメンではなくてこう呼んでいた)を作ってもらう
ことはあった。それも即席ではなくて、麺を麺屋さん(そんなものがあったのか?)から
買ってきて、スープも自家製でちょっとラードがきいていて、具は豚肉とゆで卵と少しの
野菜。それはそれは美味しかったものだ。即席麺はたしか小学校の終わり頃から
出回り始めたのだと思うけれど、まだ日清のチキンラーメンだけであれはただのおやつ
だった。

でも、昭和三十年代の初めから半ばのその頃、家でスパゲッティを食べた記憶がない。
父が欧州に出張したときになぜかチーズフォンデユの鍋を買って帰ってきたものだから、
家でフォンデユを食べたことは覚えている。ただし、やはり当時はフォンデユ用のチーズが
簡単に手に入らなかったらしく、オリーブ油に肉とか野菜を突っ込んでブクブクさせて
食べた。父が「これはフォンデユ・ブグニオンというものだ」と言ったのを覚えている。
鍋でブクブクさせるから「ブグニオン」というのか、と思った。
フォンデユの記憶はあるのに、それからもちろんカレーとかハンバーグとかシチューを
家で食べたことははっきり覚えているのに、スパゲッティの記憶は甦らない。
その当時、家庭でスパゲッティを食べるというのは一般的ではなかったということなの
だろうか。では外で食べたことがあるかと言えば、寿司も天麩羅も蕎麦も中華料理も
インドネシア料理も覚えがあるというのに、イタリアン、いやパスタの記憶だけが抜け
落ちている。

パスタを食べたという一番古い記憶は、昭和四十一年、大学1年の時、有楽町の
ガード下のパスタの店(数年前そこにまだあることを確認したが、今はどうか分から
ない)に入ったときのものである。学校の帰りに友人と二人で銀座に出た時だった。
しかし、それが初めてのパスタというのではなかったように思う。多分、もう何度か
食べたことがあったからその店に入ったのだと思うし、その日のことをかなり細かく
覚えているのだから、もし初めてであればそれなりの印象が残っているハズだ。

それが分かったからといって別にどうなるものでもないのだけれど、自分としては
今もってパスタの初体験を突き止めることができないでいるのが悔しい。
ああ、悔しい。

ミートソースは手抜き。市販のレトルト・パックに湯むきトマトのブツ切り、赤ワイン、
しょう油、パルメジャーノを加えて味をウチ好みに変えるだけ。
なぜかミメイはこの手抜き料理がお気に入りなんだなあ。

トマトソースは、ベーコンと玉ねぎを炒めてから、セロリー、しいたけ、カットトマト
(缶詰)、ドライトマト(お湯で戻して小口切り)、白ワイン、水、固形チキンコンソメ、
塩、黒コショウを加えて一煮立ち。
そこに茹で上がったペンネかリガトーニを入れてなじんだら出来上がり。
ドライトマトを入れると深みが出て飽きない味になる。

明太子スパは、ボウルにバターと明太子(皮から外したもの)を入れて軽く合わせ
たところに茹で上がったスパゲッティを入れて混ぜ合わせる。器に盛ってから、
大葉と海苔の千切り、青ネギの小口切りをたっぷりとのせる。
今回は明太子を使ったけれどもちろんタラコでもいいわけで、ウチではタラコスパを
作ることの方が多い。

メインがパスタとなると飲み物はワイン。前菜にチーズとナッツ。続いてホタテか
白身魚のカルパッチョ(あるいは海老のカクテル)、サラダ、とここまでは簡単に
決まるのだけれど、あと一品をどうするかでいつも悩んでしまう。毎回のように
朝からウンウンうなっているのですよ。何しろ大喰いの二人なもんですから。

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2006年02月22日

菜の花粥

 風邪、ですか?
 オーダーを取りにきたシェフにそう言われて、あ、いえ、と首を横に振る。
 その、ちょっと、二日酔いで。
 ああ、と笑顔で肯くシェフに「珈琲を」と言うと、彼はそれ以上訊ねることなく、静かに厨房に戻っていった。

 たしかに、ひどい顔だ。
 天井までの大きな窓にぼんやり映りこんでいる自分の顔をそっと眺めて思う。境のはっきりしない曇天の空と灰色がかった海の上にうっすら浮ぶその顔には、生気がない。まるで心霊写真みたい。
 でも実は二日酔いなんかじゃない。いや、ゆうべお酒を飲んだのは本当だ。それもかなりの量のお酒を。だけど、「思いっきり飲んで、あんな男のことなんか忘れなさい」と息巻いていた好美のほうが先に潰れてしまい、彼女を家まで送っていったらすっかり酔いがさめてしまった。仕方なく自分の部屋に帰ってから、ひとりで缶ビールを飲み続け、夜が明けてようやくベッドにもぐりこみ、目覚めたのが午後2時。
 でも不思議なことにお酒は残っていなかった。二日酔いどころか、酔いもアルコールも、それどころか祐太への怒りまでもが手品みたいに消えてしまっていて、なんだかぽかんとしてしまった。
 もう、いいや。
 ぽろりとこぼれた自分の言葉にうなずいて、あたしはもそもそと服を着替え、この店にやってきたのだった。

 祐太が沈痛な面持ちで浮気を告白したのは、火曜日の夜のことだった。ご丁寧に浮気相手の淳子までがやってきて、ふたり並んで事の顛末を語りはじめた。
 もちろんあたしは驚いた。天地がさだかではなくなるほど混乱した。祐太が浮気したという事実にも、その相手があたしの同僚だということにも。
 でも、泣かなかった。泣けなかったのだ。その下手な学芸会みたいな謝罪会見が、あまりにもばかげていて。
 追及されてしぶしぶ認めるというのなら、まだ分かる。浮気が本気になったから別れてくれというなら、それも仕方がないだろう。お互いまだ20代の男と女なのだから。でも、自分からぺらぺら喋っておいて、悪かった反省していると繰り返すだけだなんて、まったく訳が分からない。いったいあたしにどうしろというのか。知りたくもないことを知ってしまったあたしの気持はどうなるんだ。本当に悔いて悪いと思っているんなら、その罪悪感をひとり背負って墓場まで持って行くくらいの気骨はないのか。

 さよならと言い放ち、それきり祐太からの電話にも出ず、この5日間あたしはずっと怒っていた。昨夜も飲みながら怒り続けた。好美も一緒になって、いやあたし以上の剣幕で怒っていた。そうだ、顔を赤くして(ただ酔っぱらっていただけかもしれないけど)怒りちらす好美を見ているうちに、あたしのトーンは少しずつ落ちていったのだ。
 たぶん彼女のおかげで、あたしの毒気は抜けていったのだろう。くすぶっていた怒りが燃えつきて、鎮火して灰になった。そのせいなのか、なんだか心がすうすうする。からだのいたるところがからっぽで、薄寒い。

 思わず長いため息をついたちょうどその時、目の前に塗りのお椀がことりと置かれた。
 え? 驚いて顔をあげると、シェフが笑顔で立っていた。
「今日のランチが『ちゃんこ風具だくさんスープ』だったので、そのスープでお粥を炊いてみたんです」
 赤い大ぶりのお椀からは、白い湯気がほわほわとあがっていた。つやつやと光るお粥に、ぷつぷつと混ざる黄色い玉子。
 菜の花粥。
「二日酔いでもこれなら大丈夫かと思って。いきなり珈琲を流し込んだりすると、からっぽのお腹がかわいそうでしょう」
 片方の眉を高くあげ、悪戯好きの子どものような顔で笑ったシェフは、「でも食べられそうにないのなら、すぐに珈琲をお持ちしますが」とつけくわえた。
「大丈夫、食べます、いただきます」そう言ってお椀をかかえこむあたしに、よかった、と肯いて、シェフは又店の奥に戻っていった。

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 お椀を両手で包みこむと、じんわりとあたたかかった。良い匂いがした。
 そういえば子どもの頃、母はよくお粥を炊いてくれた。小さな土鍋でことことと。
 あたしは嫌なことや哀しいことがあっても、ぐっと我慢してしまう子どもだった。ぴんと背筋を伸ばし、なんてことないような顔をしてやり過ごす、可愛げのない子どもだったのだ。だけど、そんなことがあった後、決まってあたしはお腹をこわした。そして熱をだして寝込むのだった。
 お盆に箸やお茶碗や梅干しを並べ、鍋敷きの上に土鍋をのせて、母はあたしの枕元にやってくる。素焼きの蓋をとると、玉子はちょうどふんわりとろりと固まっていて、それをざくっとおたまでまぜて母が茶碗によそってくれる。白いお米の中に黄色い花が咲いているようなそのお粥を、母は「菜の花粥」と呼んでいた。
 あの頃、あたしは守られていたのだな、と思う。どんなに嫌なことがあったって、母がいてくれれば何とかなると思っていた。自分のことをいつも気にかけてくれる母に、子どものあたしは安心して甘えていた。ほっこりと優しい菜の花粥に哀しみを溶かして、食べ終える頃にはすっかり元気になっていた。

 あの菜の花粥は真っ白なお米だったけれど、今目の前で湯気をあげているお粥は、全体にほんのりと黄みがかっている。たぶん美味しいスープをたっぷりと吸いこんでいるのだろう。それにしても「ちゃんこ風スープ」だなんて。この店はほんとに変わってる。その日仕入れたものによってメニューがくるくる変わるから、和洋中なんでもあり。でも、大衆食堂やファミレスとは全然違う。その味は東京の一流店に負けないほど美味しいのだ。こんなことなら、もっと早起きしてランチに間に合うようにくればよかった。
 げんきんにもそんなことを思いながら、お粥をひと匙すくって食べると、それはとても優しくて、とても深い味がした。いろんなものの旨味をぎゅっと閉じこめたような味。その濃い旨味を、玉子が優しく包みこんでいる。
 おいしい。
 母の菜の花粥はシンプルで優しい味だった。母の愛そのものという混じりっけのない味。あれが子どものためのものならば、このお粥はおとなの味だ。一筋縄ではいかない、というような。でも、いろんなことがあればあるほど、深い旨味と味わいになる。

 故郷にいる母は今も休日のたびに電話をかけてくる。好美は今頃、正真正銘の二日酔いで苦しんでいることだろう。そしてあたしのからっぽのお腹を気づかってくれたシェフ。そうだ、今だってあたしは守られている。いろんなヒトに。いろんなことで。おとなは誰もが孤独だから、そうやって守ったり守られたりしながら生きていくんだ。さりげなく、いたわりあいながら。
 ひと匙ひと匙食べるにつれ、からだがほっこり暖かくなってくる。鼻がぐずぐずしはじめて、それでもやめずに食べ続ける。食べ終える頃には、すっかり元気になるだろう。お腹も心も、からっぽなんかじゃなくなるのだ。そう思ってまたひと匙掬ったお粥のうえに、ぽとんと涙がひと粒落ちた。それでもかまわずに口に入れると、ほんの少し、しょっぱかった。
 おとなのお粥は、奥が深い。


(田川ミメイ)
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この菜の花粥、塩ちゃんこの残りのスープで作ったものです。

これの前の日、ミメイが夢とうつつのハザマを行き来しているころ、一人でテレビを
見ていたらハナマルでちゃんこ特集をやっていた。それがとっても美味しそうだった
のでうつつに戻ったミメイに教えたら「今日食べた~い」となった。

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鶏ガラスープに鶏ムネ肉のブツ切りと鶏肉団子(ムネとモモの合挽きにネギ・生姜
のみじん、塩、酒、溶き卵)を入れてまず少し煮て、そこにベーコン、キャベツ、白菜、
ネギ、シイタケ、ニラ、厚揚げ、春雨。味つけは酒と塩だけ。でも鶏肉からもベーコン
からも野菜からもこってりと旨味が出てくるものだからとても豊潤な味に仕上がった。
最後にミメイの大好きなお粥を作ろうと思っていたのだけれど、たっぷりと用意した
具を目一杯食べてしまってギブアップ。

そこで次の日までスープを残しておいて冷凍のご飯と玉子で作ったのがこのお粥。
ちゃんこの旨味をたっぷりと吸ったお米とふわっと優しい玉子。いやあ、お米が苦手
の僕でもにっこりとしてしまうくらい美味しいお粥だった。
ミメイ? ええ、もちろん大満足で茶碗に三杯食べてました。

(田川ミメオ)

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2006年02月18日

突然食べたくなる

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鰻の蒲焼きと肝焼き

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奈良漬け

突然食べたくなるものがある。
お腹の大きい人(体型のことを言っているのではなくて妊娠中という意味です)が
夜中に突然起き上がって冷凍庫を引っかき回してアイスクリームをむさぼり食う
(ミメオ姉の場合はクッキーだったそうでいつも枕元にクッキーの缶を置いていた
そうだ)とか言いますがそういうのではなくて、これまた夜中にお腹の大きくもない
人が冷蔵庫を開けたらジャムの瓶が目に入って「うん、これだあ!」と取りだして
パンにつけたりもせずにジャムだけをそのまま一瓶一気に食べた(ミメイの友達の
実話です。よくこういうことがあるらしい)とかそういう異常な食欲の特殊なケース
でもなくて、僕が言っているのは、ごく普通に前後の脈絡もなくふと「ああ、あれが
食べたい!」と思うものがあるということです。

ウチの場合はそれがウナギなんです。それも二人ともがそうなんです。
僕はもともとウナギが好きで、それも一度食べるとまた次の日も、またその次の日も
無性に食べたくなる。だから気がついてみると、一週間に五回もウナギなんてことが
あった。でもいつからか食べる頻度が落ちて年にほんの数回程度になっていた。
ミメイはウナギを嫌いではないけれど大好きというほどではなく、東京にいた頃、自分
から食べたいと言い出すことはほとんどなかった。
それがこちらに来てから、ある日突然二人(♪出逢うの~じゃありません。古い!)
揃って「ウナギが食べたい」と言うようになった。どうしてなのかはよくわからん。
もしかしたら、その前の日か前の前の日にテレビのドラマか何かでウナギを食べる
ところを見ていて、それをはっきりと頭で記憶してはいないもののカラダが覚えていた
のかもしれない。もしかしたら、ミメイがある日ウナギを食べる夢を見て(あのヒトは
どんな夢でも見ますからこんなのはごく普通です)ウワゴトで「ウ・・ナ・・ギ」と呟いた
のを僕が半覚醒状態で聞いていて、それが二人同時に顕在意識に現われただけ
なのかもしれない。
それはともかく、こういう時は即「今夜はウナギ」と決まるのであります。

蒲焼き(今回は小田急に入っている宮川のを買った)はレンジでチンしただけ。
山椒と一味をたっぷりと振りかける。
時々二尾でパックされてる解凍モノを安いからと買うことがあるが、これはチンする
だけではイマイチ美味しくない。だからウナギに付いているタレと日本酒(やや多め)
をフライパンに入れてそこにウナギを並べてごく弱火で蒸し焼きにする。こうすると
ふっくらと香ばしくなかなかのものになる。

ウナギと一緒に食べたくなるのが奈良漬け。
昔はお客さんが家に来ると寿司だのうどんだのウナギだのを出前してもらったもの
だけれど、ウナギには必ず奈良漬けが付いてきた(これは関西だけなのかな)。
多分、この頃の記憶というか、三つ子の魂というか、ノスタルジーというか、それで
ウナギを食べる時には奈良漬けが欲しくなるのだと思う。
ミメイには「ウナギには奈良漬け」という記憶はないらしいのだが、「オムライスには
古漬け」という組み合わせがあるらしい。これも子どもの頃いつもそうだったのだろう。
実は昨日のメニューがオムライス。スーパーで探しても古漬けがある筈もなく、結局、
味が近いだろうということで買ったのが「刻みすぐき」。確かに合う。ケチャップと卵の
甘さとすぐきのちょっと込み入った酸っぱさ。なるほどな、と思った。
よし、次のオムライスの時には、ミメイのために古漬けを作ってやろう。

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2006年02月14日

シーズンがもうすぐ終わるⅡ~鰤・ブリの場合

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刺身

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塩焼き

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照り焼き


名前を変えるというのは、「見てもらったら字画が悪いと言われた」とか
「悪いことばかり続くから思い切って」とかいうことなんだろうけれど、
魚では運勢とは関係なく成長するにつれて勝手に名前が変わるのがいて、
それを出世魚というそうだ。
ブリもその一つ。でも最後は同じブリでも途中の呼名が地方によって違う。
関東では、ワカシ→イナダ→ワラサ→ブリで、関西ではツバス→ハマチ→
メジロ→ブリなんだそうだ。でも関東でもハマチと言う気がするのだけれど
あれはイナダなのかワラサなのか。うーん、わからん。
わかっているのは、ブリは生でも火を通しても美味しいということ、かな。
もう一つ。ブリは酒にもご飯にも合う、ということ。この二点でブリはマグロに
勝っている気がする。同感のヒトいるかな?
あ、ウチに一人いた。

刺身はもちろんワサビと醤油という普通の食べ方が一番美味しいと思う
のだけれど、ウチでは小口切りの青ネギとかゴマを上にのせたりもする。
醤油につけるとブリの脂がサアッと醤油の表面に広がって。切り身をひと
切れ、湯気の立ちのぼるアツアツのご飯にのっけて。ああ、美味しそう。

塩焼きは塩をふってグリルで焼くだけ。塩を少し強めにふるのがウチの
好みです。その方がブリの甘味が増すような気がする。これはどちらか
というとご飯よりお酒によく合う。

照り焼きを最初に作ったときはグリルで焼きながらタレをこまめに塗ったり
したのだけれど、今では調理が簡単だからフライパンを使っている。
結果はあまり変わらない。
酒・味醂・醤油の合わせダレ(ちょっと甘いんでないかい、というくらいが
ウチの好み)に切り身を小一時間漬けておき、フライパンで焼く。焼き上がる
ちょっと前にタレを入れてブリにかけ回して照りを出す。
これはビールにも熱燗にも冷酒にもぴったり。もちろんご飯にも。
想像してみてください。アツアツのご飯の上にタレの滴る照り焼きをのせて、
口に入れるとブリの脂と甘味がワーッと広がって。
へへへ、夜中にこれを読んでいるヒト、たまらないでしょ。

シーズンがもうすぐ終わっちゃうから早く食べてね。

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2006年02月10日

シーズンがもうすぐ終わる

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合鴨肉

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鴨鍋に入れる野菜

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焼き鴨

10月から3月頃までがシーズンの食材ってかなりありますよね。
魚だと河豚でしょ、牡蠣でしょ、鮟鱇もそうなのかな。野菜はいつでも手に
入るものが多いから季節感があまりないけれど、ほうれん草とか白菜とかは
やはり冬のものですよね。で、肉は鴨。
ウチは二人そろって鴨大好きなんです。僕はもともと大好きで、ミメイも別に
嫌いじゃなかったみたいだけれどそんなに騒いではいなかった。それが一度
浅草の鴨料理専門店(鍋はなくて焼き専門)に連れていったら即ハマッた。
それからはシーズン中に必ず二、三回は家で食べるようになった。
そう言えばミメイはジンギスカンのラムにもジビエ(鹿とか鳩とかホロホロ鳥)
にもハマッた。野性味のあるものが好きなのだろうか。
ということは、僕もけっこう野性味のある男だったりして。へへ。

家で鴨を食べるときはごくシンプルに鍋と焼き。

「鍋」で用意するのは鴨肉、水菜、ネギとそば。土鍋に薄目の出汁をはって、
酒・塩・味醂・醤油をほんの少々づつ。煮たってきたら水菜とネギを入れて
その上に鴨肉を数切れのせて色が少し変わってきたら裏返し。トータルで
1~2分かな。これを柚胡椒で食べる。大根おろし(卵の黄身を入れて混ぜる
と柔らか~い食感でこれも美味しい!)と一緒でもいい。
食べたらまた水菜、ネギ、鴨肉。ドンドンいける。なぜかおなかに溜まらない。
ウチでは鴨肉400~500g、水菜二把、ネギ一本を用意するのだけれど、
気がついたらなくなっている。うーん、食べすぎだろうか。
最後にそば。これが美味しい。鴨から出た出汁ととてもよく合う。これには
小口の青ネギと七味か黒コショウ。うーん、やはり食べすぎだろうか。

「焼き」は鴨肉とネギ、しいたけ。春菊も美味しい。
フライパンに油をひかずに鴨肉を入れて両面を焼き、油がジワジワ出てくる
のでそれで野菜を一緒に焼いてしまう。これまた柚胡椒がよく合う。
「鍋」にはビールか冷酒だけど、「焼き」には赤ワインもいける。グイグイと。
いいのかなあ、鴨とワインでこんなに幸せな気分になって。悩みはないのか。

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2006年02月06日

ハヤシライスを守る会

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ハヤシライス

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ハンバーグ

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カレー


今ではまた世間に存在感をきちんと認めていただいているようでありますが
ハヤシライスが世の中から姿を消しつつあった時期があるのです。東京界隈
だけでのことかもしれませんが、そういうことが確かに一時期あったのです。

1985年、私は7年ぶりに日本に戻ってきました。ロンドン、シンガポールと
海外勤務を経ての帰国である。時は春。きれいなお姉さんがそこらじゅうに
わんさかいて(別にハヤシライスとは関係ありませんけど)ルンルン気分で
私は街に出ました。ハヤシライスとの7年ぶりの再会を果たすためです。
ところがどこにいってもないのです。オムライスはある。ハンバーグもカレーも
ビーフシチューもある。でもハヤシはないでよお。後輩に聞いたら、そう言えば
最近見かけないですねえ、と言う。ビーフストロガノフなら近くの店でもやって
ますけど、と言う。違うんだ。ハヤシはハヤシなのだ。
結局ハヤシを食べたければ神田とか浅草の老舗洋食屋に行くしかなさそうだと
いうことがわかった。7年前はどこにでもあった。蕎麦屋でさえ食べたことがある。
これが世間というやつかと思った。

そこで「ハヤシライスを守る会」なるものを作った。僕を入れて会員二名。誰に
声をかけても次々と入会を断られ、結局、部下の中で一番人が良いというか
僕が唯一弱みを握っていたというかソイツを強制的に会員にした。
その活動は極めて地味なものである。
「ここはハヤシライスをやってないんですか?メニューに入れてくださいよ」
これを、昼夜を問わず、食事に入った店で言うだけである。レストランでも蕎麦屋
でも新幹線の食堂(当時は食堂車があった)でもゴルフ場でもやった。
しかし、反応はゼロ。見込みのありそうな答えは一度も返ってこなかった。
結局、「守る会」は部下の海外転勤を機に自然解散となりました。

じゃあ、どうしてハヤシライスが復活したかって?
バブルです。翌年あたりから急激に膨らんだバブル。その中で多分どこかの
テレビ局か雑誌社かが「洋食」を取り上げたんですね。そうしたら一斉に町中に
洋食メニューが溢れだしたんです。もちろんその中にハヤシも入っていました。
でもなあ、何かあまり嬉しくなかったなあ。やはりハヤシはちょっと日影の身で
ありながら、しかし、しっかりと根をはっているというか、着実に生きている存在
でいてほしかった。一杯2000円とか3000円なんてハヤシじゃないでしょ。ね。
(ところでXXモトさん、これも作り話ではなくて実話ですよ)

ハヤシライスはちょっと甘味があるのが美味しいのだけれど、甘味が強すぎると
ご飯に合わなくなる。そのへんのバランスのとり方が難しいですね。
まず牛肉の薄切りと玉ねぎを炒めてマッシュルーム(缶とか透明のパックのもの)
とブツ切りのトマト(皮を湯むき)を加えてから水。アクを取りながらグツグツしてくる
まで待って固形のビーフコンソメを一個と塩コショウ少々。赤ワインをドバッと。
再度グツグツしてきたらルウ(ウチではハウスの「完熟トマトのハヤシライスソース」
ってのを使ってる。他のに比べると甘味が強くない気がする)を割り入れるのだけれど、
箱に書いてある目安だとちょっと甘すぎるので半分の量で。足りなさそうな時は粉末の
デミグラスソースルウ(SBの缶に入ってるもの)を足す。
カレーにはあまり出来不出来がないのにハヤシにはある。甘すぎたり足りなかったり。
元「守る会」会長としては不満であっても横でいつでも「オイチイ!」って食べてくれる
ヒトがいるからまあいいか。

ハンバーグは超簡単。何故かって、例のミメ家御用達「柿安」でハンバーグになってる
のを買ってくるからです。これをちょっと成形し直して焼く。最初ちょっと強火で片面を
焼いて焦げ目がついたら裏返して弱火に。蓋をして7~8分蒸し焼きにするだけ。
灼けたらハンバーグを取りだして、余分な油を捨てて、赤ワイン、ケチャップ、お好みで
醤油少々をフライパンでグツグツさせてソースにする。大根おろしで和風ってのもある
よね。付け合わせはキャベツの千切りでも何でもいいんだけれど、今回はピーマンと
人参(一度茹でたもの)を一緒に焼いてみました。

カレーは各家庭で千差万別だろうなあ。これは今度ミメイにミクシィで新しいトピックと
してやってもらおう(カレーうどんとかカレーに玉子とかのはあったけれどカレーの具は?
辛さは?というのはなかったから)。
ウチでは幾多の変化を経て現在は薄切り牛肉・じゃがいも人参玉ねぎ茄子トマト入り・
野菜ちょっとクタクタ・泣くほどではないけれどやや辛め・和洋両用味(パンにもご飯にも
合うという意味)になっております。ルウはハウスのジャワカレー中辛、加えて瓶入りの
カレーペースト(焼く前に肉に塗り込む)。
カレーってなぜか次の日が美味しいんだよね。味が落ち着くというかなじむというか。
ちなみに毎年正月にウチに泊まりにくるヒト達へのオミヤはこのカレーです。

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2006年02月04日

「いただきま~す」メニュー

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酢豚

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豚の生姜焼き

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麻婆豆腐


ミメイがブログに書いてみなさんからも感じることを多々寄せられた「『いただきます』
を言わせないで」。きっとこれは常識とか非常識の問題と言うよりは、価値観、人生観、
倫理観といったもっと主観的な問題なんだろうなあと思う。最近の耐震偽装事件とか
東横イン騒動の当事者の言動を見ているとその感を一層強くする。だから根が深い
んだろうなあ、と。
もともと価値観なんてそれぞれ違っていて当り前の話しだとは思うけれど、こんなに
立て続けに自分とは遠くかけ離れた「観」を見聞きさせられると戸惑ってしまう。もっとも
そういう人たちとはできるだけ関わらないように生きていけばいいだけのことですけど。

例の「『いただきます』を言わせないで」の家庭でゴハンを食べ始めるとき、きっと
全員が沈黙しているんだと思う。
父「……(俺の給料で食わせてやってるんだからな)」
母「……(アタシが料理作ってやってるんだからな)」
子「……(親には扶養義務ってもんがあるんだからな)」

食べ終わったときには「終わりました」とでも言うのかなあ。
ああ、こんな家庭に生まれなくてホントウに良かった。
神戸のオフクロに電話してみよう、っと。

ウチの食堂では毎日の献立を決めるときには、一応、酒の肴(刺身とかチーズとか)
と箸休め(サラダとか豆腐とか)とメインを揃えることになっている。だいたいは酒の肴
から食べ始めるのだけれど、「いただきま~す」と言った途端に二人揃ってメインに
箸をのばすのがこの三品。きっと匂いに負けて我慢できなくなってるんだね、二人とも。

酢豚は「玉ねぎがあれば作れます」とか書いてある市販のもの(「ニッポンハム」が
ウチのお気に入り)に玉ねぎ、ピーマン、パイナップルと鶏の唐揚げを加える。まあ
料理に果物を入れるのが嫌いな人はパイナップルは要らないと思いますけど。鶏の
唐揚げを入れることにしたのは、肉をもう少し足そうかと思ったときにたまたまあった
から入れてみたら美味しかったから、ということ。だからウチのは「酢豚」じゃなくて
「酢鶏豚」なんです。

生姜焼きは、豚肉をそのまま焼いてから生姜タレを加える人も多いのでしょうが、
ウチでは豚肉をタレにつけて暫くおいてから焼くやり方。タレはたっぷりの生姜、酒、
砂糖、味醂、醤油。砂糖の代わりにハチミツを使ったこともあるけれど、タレがちょっと
甘過ぎるかなという感じの方が焼いたときにウチ好みの味になるので、砂糖。
肉が焼き上がる頃につけておいたタレをドバッと加える。いい匂いがするんだ。

麻婆豆腐は陳健一。これが最近あまり出回ってない。他のに比べて圧倒的に辛くて
ウチ好みなんだけれど探すのにひと苦労。もっとどこでも買えるようにしてくれ。
ウチではこれに鶏のひき肉、酒、ガラスープ少々(もちろん豆腐も)を足して作っている。
最後に花椒(中華山椒、二袋入っている)を加えるのだけれど、穏やかな人生を
おくりたい人は一袋だけにしておいた方がよいのではないかと思います。
余計なお世話ですけど。

norimaki.jpg
節分だったからおまけです。本文には関係ありません。

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2006年02月01日

魚の王様、鯛

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香菜ロール


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あんこたっぷり尾頭つき


時は70年代半ば。所は兵庫県淡路島、鳴門の渦潮にもほど近い洲本市の
料理旅館の宴会場。
少し離れた卓の若い女性がキャーキャーと叫び声を上げている。
片身を削がれた鯛が畳の上をはね回っているのだ。
「馬鹿だね、あんなに大騒ぎしなくてもいいのに」
と言った途端、我が卓の同席者がギャアーッと吠えた。
見ると、大皿に盛られていた活作りの鯛が皿から飛び出し、卓の上を跳ね回って
いる。鯛の上にきれいに並んでいた片身の刺身もバラバラと皿からこぼれている。
「おい!齋藤!鯛を早く皿に戻せ!」
私が後輩に命じた言葉である。しかしそんな私の腰もなぜか引けているのである。
「はい、今やります」
齋藤が膝立ちになって今まさに卓から落ちようとする鯛の尻尾をつかまえたのだが、
思った以上に力が強いらしい鯛はブルンブルンと大きく左右にカラダを振るといとも
簡単に齋藤の手を離れて畳に転がり落ちる。
「ギャアーッ!」
隣の卓も吠えた。

部屋中が叫び声に埋め尽された頃合いを見計らっていたのか、仲居さんが数人
歩いてきて畳の上を転がり回っている鯛をヒョイヒョイとつかみ上げる。
「塩焼きと煮付け、どちらがいいですか?」

どうもこれは毎日行なわれている「残酷活作りショー」だったのですね。
この大騒ぎで宴会を盛り上げてくださいというありがたいおもいやりかもしれない
けれど、趣味が悪いというか、ウチの鯛はこんなにも活きが良いのですよ、という
魂胆が見え透いているというか、あまり誉められた代物ではなかった。
同卓の連中は食欲を失くしてしまったのか、刺身にも煮付けにもあまり手を出さな
かった。おかげで甘辛く煮付けた鯛をほとんど私がいただいたのでありますが。
こんなこと今でもやっているのだろうか。

最初の写真は、鯛の身を薄くひいて香菜を巻きゴマをふりかけたもの。
サク二枚で1パックになってるようなのを買ってくると、そのまま刺身だけで
食べると飽きてしまうので作ってみました。
あとウチでよくやるのが鯛の身を細切りにしてこれまた細切りの胡瓜・たくあんと
合わせてスダチをギュッと搾ってゴマをふりかける。これを海苔で巻いて醤油に
つけて食べる。完全に鮭の肴ですね。ミメイの喜ぶ顔が見えるようだ。

次の写真は見ての通り。スーパーで売っていたのでお昼ごはん代わりに買って
みました。頭から尻尾までたっぷりとあんこが入っていてちょっと太りすぎの体型
だったけれどなかなか美味しかった。あんこはどうだったかって?
もちろん、粒あんでした。そう言えばこしあんの鯛焼きってあったかなあ。

投稿者 mimeo : 07:50 | コメント (8) | トラックバック