
岡山に住む甥が、4月から東京勤務になるという。
その家探しのために、この週末、甥夫婦が我が家に泊まっていた。
2泊3日の強行軍。じっくりと吟味する猶予もなく、「まぁ、こんなもんか」と、住む家を決めた。
結婚して5年目、夫婦で初めての引越である。しかも、実家から遠く離れた初めての土地へ。
家は決まったものの、ふたりとも、どこか不安そうだ。心細げでもある。
同時に、新しい土地での新しい生活に期待を抱き、楽しみにしてもいる。
初々しいふたりの表情を見ながら、そういえば、と想う。
コドモのころ、4月というのはいつも「はじまり」の季節だったな、と。
その日は、春の風が吹き荒れていた。
中学部の校舎のエントランスは、体育館での入学式を終えた生徒たちで埋まっていた。
上履きにはき替え、各クラスへと向かう者たちの横に、
楽しそうに笑いさざめく生徒達の輪が、あちらこちらに散らばっている。
小学部からここで学園生活を送ってきた生徒たちだ。
小公女のような黒いケープをまとい、
長く艶やかな髪を風になびかせている女子生徒。
濃紺のネクタイをほんの少し緩め、長い前髪を指で掻き上げる男子生徒。
あたりを包む華々しい空気に、違和感なく溶け込んでいる。
誰もが、とても大人びて見える。
郊外の小学校で、土にまみれ日が暮れるまで野山を駆けめぐっていたわたしは、
見知らぬ世界にとまどっていた。
自分がひどく幼く思えて、恥ずかしかった。
春の陽射しのように輝く笑い声を背中でききながら、
初めて足を入れた真新しい上履きは、固く、ひんやりと冷たかった。
誰とも口をきけずにひとり歩く板張りの廊下には、桜の花びらが静かに舞っていた。
あの時初めて知った「気後れ」という感情は、あとあとまでわたしのなかに根をはっていた。
「自分は自分」と思えるようになるまでには、長い年月が必要だった。
コドモの頃の「4月」は、常に新しい生活の「始まり」だった。
訪れる変化は、入学式のように大きなものばかりではない。
クラス替え、席替え、クラスや学校の中で負わされる「委員」や「係り」。
新たな変化を突きつけられることで、
それまでの1年の「終わり」をあらためて感じていた。
すべてはリセットされてしまったのだと、愕然としていた。
また初めの一歩から歩きださなければならなかった。
あの頃。未知の世界は、いつもすぐそこにあったのだ。
暖かな陽射しに反して、冷ややかな風がときおり突風のように
吹き抜けていく4月。
巻き起こる風のなか、舞い上がる薄桃色の花びらのように、
小さなからだのなかで、不安と期待が渦を巻いていた。
命が芽吹き、いきいきと萌える春という季節は、
あらゆることの「始まり」と「終わり」の季節だった。
オトナであることに慣れ、日常にまみれつつ、平穏無事を願うようになると、
いつのまにか4月は特別な季節ではなくなっている。
社会のなかには、「はじまり」や「終わり」は、
そこかしこに散らばっているのだから。
些細な変化に、いちいち心乱していては、生きにくくて仕方がない。
それでも。
春が近づくと、萌えだす緑に心浮きたちながら、心のどこかががざわざわとする。
今が盛りと咲き誇る桜を、ただ美しいだけではないと感じている。
きっと、胸の奥底にうずくまっているコドモの頃のわたしは、
「4月」という特別な「時」を、からだで憶えているのだろう。
「始まり」と「終わり」を知っていた「4月のコドモ」が、
ゆっくりと顔をあげ、立ち上がろとしているのだ。
―2002/03/11―
