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休日には、てくてくと散歩をする。
行き先も決めず、ただ気の向くままに、てくてくと。
ふたまたに分かれた道で、どちらに行こうかと迷ったときは、
オットと向かい合って、ジャンケンをする。
わたしが勝ったら右、あなたが勝ったら左。

向こうから来る小学生が、怪訝なまなざしで見ていたりして、
ちょっと恥ずかしい。
入ったことのない路地をたどると、知らない道へ繋がっている。
知らない道をえんえん行くと、見知らぬトコロに繋がっている。

こじんまりとした家が建ち並ぶ住宅街。
どっしりとした古い木造の二階屋と、
ぽんっと置いただけっみたいな真新しい三階建ての家が入り混ざっている。
真新しい家の前は、車が玄関をふさいでいる。
古い家の庭には、木々が乱雑に茂っている。
長い年月のなかで、少しずつ植えていった庭木が、
どんどん育ったあげく、こんな無秩序な庭になりました。
そんな感じ。
玄関の脇、こんもりと繁った木には、黄色い実がなっている。
大きくて丸い果実。夏みかんだ。
よく晴れた休日、透明な陽射しは明るいけれど、
ときおり吹く風は、きんと冷たい。

そういえば、何年か前。
伊豆の天城に行ったときにも、農家の庭先に、大きな夏みかんがなっていた。
すきま風が吹き込むような古い宿にとまり、
翌朝、澄んだ空気に誘われて、あたりをぶらぶらと散歩した。
陽射しは、やはり、透明で明るかった。
細い坂道の片側には、広い庭を持つ農家が建ち、
片側のひらけた土地は、枯れ草に覆われていた。
収穫あとの、休眠中の畑だろうか。
農家の庭先には、三輪車や手押し車が転がっていた。
縁側のむこうの障子に、ところどころ継ぎが当たっている。
がらんと広い庭に、大きな木が1本。黄色い実が重そうだった。
石ころの埋まった薄茶色の道のまんなかで立ちどまり、
オットとふたり、その木をみあげた。
夏みかん、かな?
うん。夏みかんよね。
でも、夏みかんって、夏になるものなんじゃないのか?

そんなことを言い合っていると、ふいに、
坂の天辺に三人の女の子があらわれた。音もなく。
小学校5,6年、それとも、春から中学生、というくらいの年頃。
セーターに、スカート、短いソックス。誰も、コートなど着ていない。
近所の子どもたちだろうな、と見ていると、
彼女たちが、2歩、3歩、静かに坂をくだってきた。
三人の女の子は、不思議なほど、よく似ていた。
顔のつくりや髪型は違うのに、その雰囲気が似ているのだろうか。
見ているうちに、なぜだか三つ子のようにも思えてくる。

「遊ばない?」
え?
口を開いたのは、赤いプリーツスカートの子だ。
いきなりの誘いに、わたしは耳を疑った。
「いっしょに遊ばない?」
何かのセリフのように、髪を三つ編みにした子が言った。
わたしは戸惑って、オットの顔を見る。
彼も、わたしの目を見返したまま、苦笑している。
子どもとはいえ、3つや4つの小さな子ではない。
オトナに向かって、それも見ず知らずの旅人に向かって、
「一緒に遊ぼう」なんて声をかけてくるなんて。

「もうすぐ帰らなくちゃならないから」
やっとのことで、オットが返事をする。
彼女たちはかすかに肯いて、まだ、わたし達を見ている。
妙な沈黙が漂う。
が、そんなことを気にするでもなく、女の子たちは、
相変わらず微かな笑みをうかべたまま、わたし達を見ている。
「どこから来たの?」
髪の短い女の子が口を開いた。
髪を切ったばかりなのか、首筋が、透けるように白い。
「東京」
オットが答えるが、なんの返事もなく、誰も肯きもしない。
まるで、とっくに知っている、とでもいうように。
「こんど、東京に行くの」
三つ編みの子が、はっきりとひとことそう言った。
それが合図だったかのように、彼女たちは一斉にスカートをひるがえし、
坂の向こうに消えてしまった。

オットとわたしは、呆気にとられ、しばらく顔を見合わせていた。
坂道をのぼっていくと、すでに、彼女たちの姿はなかった。
どこまでも、薄茶色い道がのびているだけだった。
なんだったんだ?
オットが首をかしげながら、薄く笑った。
わたしの瞳のなかには、彼女たちの白い足が焼きついていた。
音もなく、ふわっと舞うように駆けていった白い足。
じっと動かない、黒い瞳。強いまなざし。
濡れたように艶やかな、赤い唇。
ほんとうに、彼女たちは、子どもだったのだろうか。
ほんとうに、あれは、ゲンジツのことだったのか。
今来た坂道を振り返ってみる。
冬枯れた景色のなかに、夏みかんだけが鮮やかだった。


夏みかんが気になりはじめたのは、あの時からだ。
昔は、ナツダイダイと言って、農家が植えていたりしたらしい。
でも、あまりに酸味が強いために、今では一部マーマレードなどに使われるだけ。
夏みかんに取って代わった「甘夏」の収穫期も、同じように、2月?5月。
冬に穫れる小さな「蜜柑」にくらべれば、夏みかんも甘夏も、
たしかに「夏」の蜜柑なのだろう。
気をつけて見てみれば、東京の住宅街にも、たくさんの夏みかんがなっている。
でこぼこと固そうな黄色い皮に包まれた、丸い果実。
色の少ない冬の町に、その黄色は、くっきりと映える。

透明な陽射しに、春の気配を感じながらてくてくと歩く。
春を待ち侘びる庭先に、夏みかんを見つけると、
今も、あの女の子たちを思い出す。
もしかすると。
白日夢のようにあらわれた彼女たちは、春の精だったのかもしれない。
来る「時」を待ちきれず、冬の暖かな日に、
ほんのちょっと様子を見に来た、春の精。

あまりにもファンタジックな想像に、ひとり、笑ってしまいそうになる。
密かに笑みをこらえていると、オットがわたしの肩をつついた。
なに?
指さした先を見れば、白梅の枝に小さな鳥。
「‘梅にウグイス’なんてウソみたいだな」
感心するオットの横でわたしが言う。
「ウグイスって、ほんとに‘うぐいす餅’にそっくりなのね」
花より団子。
やっぱり、アタシには、このほうが似合ってる。
脱力したオットが、肩を揺すって笑いだす。
小さな羽をはばたかせて、ウグイスが、飛んでいく。

春は、もうすぐ。

[2002/02/20 01:27:54]

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