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満開の桜。
と思ったら、アーモンドの花だという。
ポストカードに並ぶ、几帳面な小さな文字。
自分で撮った写真をポストカードにしてあるらしく、写真の説明は一切なし、だ。
場所も住所も書かれてない。
スタンプもインクがこすれて、読みとれない。
航空便であることは確かだけれど。

今、あたしのこいびとは、どこにいるのだろう。

多いときはひとつきに1度、あいだがあいても、3月に一度、
こいびとは手紙をくれる。
 
   赤くて丸い月を見ていたら、
   君とした線香花火を思い出しました。
   あの夜、君の部屋のベランダは、
   なぜか海の匂いがしていたね。

これはたぶん、暑い国のどこかから。

   ここの碧く深い海には、銀色の人魚がいるらしい。
   船で出かけたきり帰らぬ恋人を、夜ごと岬で待つ娘が、
   星くずを浴びて銀色の人魚になってしまったとか。
   君が人魚になっていないか心配です。

これは、去年の夏の葉書。
どこまでも深い青空のような海の写真。
そして、あたしも負けずに手紙を書いた。

   世界を塗りつぶすようにして雪が降っています。
   その中を買い物に出かけます。
   今度あなたに会うときのために、
   白いモヘアのセーターを買おうと思うの。

そして、書き添える。

   この春中学生になる娘には、淡いブルーのセーターを買うつもり。
   淡いブルーは、あなたの好きな色でしたよね。

そう、娘の洋子はこいびとに負けず劣らず青が好きだ。遠浅の海みたいな薄い青。
洋子の洋は太平洋の洋だもの。
そんな幼い声が聞こえてくる。

便箋をていねいにたたんで、封筒に入れる。
恋人の居所は分からないから、住所は適当に書いてしまう。
アカプルコ、ギリシア、コーカサス。
コーカサスが、どこにあるのか知らないけれど。
宛先不明のポストカードがスタンプだらけになって、どこかの国で処分される頃、
またこいびとからの手紙が届く。
まるであたしの手紙に返信するかのように。

   パッションフルーツの花が盛りです。
   この花、日本では時計草というんだってね。
   最近声変わりした息子が、柄にもなくそんなことを教えてくれた。
   妻は灰緑色の目をまん丸にして驚いていたよ。
   君をさらいに行くときには、時計草を土産にしよう。
   庭いじりが好きな君の旦那様のために。


あたしたちの文通は、もう14年にもなる。
そのあいだいったいどれほどの手紙と葉書をもらっただろう。
逢えない淋しさと、切なさと、変わらぬ愛を誓う言葉。
そう、14年前のあの日、あたし達は誓ったのだった。
どんな状況であろうと、どんな人生であろうと、
死ぬまで、いや永遠に、「こいびと」でいよう。
そうすれば、たとえ遠く離れていようとも、
悲しみにくれたりせず、
幸せな人生を送れるはずだから。
たったのひと月のつきあい――30日間毎日逢って、
31日目にこいびとは成田から旅立ち、その日あたしは
神社で三三九度の盃を飲みほした――で、
そう約束してしまったのだ。
その約束は、今も破られていない。


桜に似た薄桃色のアーモンドの花に顔をよせる。
ふいに甘い香りが匂い立つ。
驚いてあたりを見まわすと、開け放した窓の外、
アパートの前の小さな植え込みに、沈丁花が咲いていた。
あたしは、はらりと薄い便箋――エアメール用の――を取りだし、
ペンを握る。

   沈丁花が香りはじめました。
   夫が端正こめて育てた沈丁花です。
   甘く、清々しく香る沈丁花の、
   どこかオリエンタルな風情が好きなんですって。
   あなたの奥様に届けてあげられるといいのに。
   そうすれば、こんな花の咲く国に、行ってみたいと思うかも。

風が吹いて、レースのカーテンが揺れ、花の香りが部屋にふくらむ。
小さなテーブルの上からポストカードがはらりと落ち、
拾いあげて、その誠実な文字をもう一度目で追う。

   アーモンドの実は、弾けても自然に落ちることがないから、
   ツリーシェイカーという機械で木を揺すって落とすそうだ。
   一斉に実が落ちてくるそのさまは、
   まるで黄金の雨が降るようだとか。
   そのシャワーの下に立ってみたいね。
   君とふたり、ひとつの傘をさして。

アーモンドの花の写真にぼやけて滲む日付は、ずいぶん前のように読みとれる。
1995……。
けれど、そんなことはどうでもいい。
人生は、旅のようなもの。
旅のあいだには、どんなことだってあり得るのだ。
幸せも不幸せも、どちらもふいに落ちてくる。
望もうと、望むまいと。
だから人生には、ツリーシェイカーなんて必要ない。


あたしは、飛行機が連なって飛ぶ薄い封筒に、宛名を書く。
思いついた地名と、数字を連ねて。
California Usa……。

封をしたら、まず郵便局に行こう。
窓口に座る男の子に、
「航空便でお願いします」というその時が、あたしは好きだ。
それから区役所。
ふたつ判が並ぶ紙を、窓口に出して言う。
離婚届を、お願いします。
でも夫と別れたからと言って、それを手紙に書いたりはしない。
だって、そんなこと、あたしとこいびととの間ではどうでもいいことだから。

そういえば、この薄っぺらい紙は、エアメール用の便箋とよく似ている。
郵便局と、区役所。
どちらも同じようなものだわ、と、おかしくなる。
あたしは立ち上がり、箪笥の上の写真立てに向かって微笑む。
金色のお鈴を鳴らし、手を合わせる。
そうだ、帰りに大家さんに言って、沈丁花をひと枝分けてもらおう。
あなた、好きだったものね。あの花が。
話しかけるあたしに向かって、
写真立ての中の5歳の娘がにっこり笑う。

窓の外を、制服姿の女の子達が笑い声をあげながら、
もつれるように歩いていく。
遠ざかっていく声を聞きながら、ふいに思いつく。
次の手紙には、セーラー服のことを書こう。
娘がどんなにセーラー服が似合うか、ということを。
それを読んだら、こいびとの息子は胸をときめかせるかもしれない。
いや、もしかしたらこいびとには息子などいなくて、
セーラー服にどぎまぎするのは、あの人自身かもしれない。

それでも構わない。
そんなことはどちらでもいいのだ。

どこにいようと、どんな人生であろうと、
あたし達はこいびとなのだから。

永遠に。
 
 
 
 
 
 
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【テーマ】旅先からの手紙

  
 
 
  
 

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