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壁際にしげる紫陽花が、陽にさらされてうなだれていた。
白いベンチで洋子とふたり、便箋の文字をみつめていた。

 [結婚を前庭につきあってください。]

前庭って、前提のこと?
そう、前提のことだよね。
神妙な顔でうなづきあう。
惜しい、ここは中庭だよ、などと茶化してみればいいものを、
しかつめらしい顔でうなづきあう。
14歳の空梅雨に、恋を嗤うことなど許されない。

どうしよう。どうするの。
返事を出さなきゃ。何て書くの。何て書こう。
堂々巡りの中庭に、生ぬるい風が吹く。
ハジメ君って良いヒトだと思うけど。
弁護するように、よう子が言う。
そう。良いヒトだと思うけど。
釈明するように、あたしも言う。
でも、やっぱり。
言いかけて、渡り廊下の靴音に気が逸れる。

  ――廊下は静かに歩きませう――

せかせかと行きすぎる教師を見送って、
待ち人来たらず、と、よう子が笑う。
部活、まだ終わらないのかな。
ふたり同時にため息を吐く。

よう子は武が好きで、
あたしは清が好きで。

小花模様の便箋に、ペン先を置く。

 [ごめんなさい。好きな人がいます]

でもほんとうは違うのだ。
武だって清だって誰だって構わない。
誰よりも好きなのは、恋する自分。
恋に悩み、恋を憂い、恋に恋するあたし自身。

 [あなたならきっと]

「優しさ」を辞書でひけば、「残酷」と書いてある。
そんなこと知らない。まだ習ってない。
知らぬふりして、ペン先で嘘をつく。

 [素敵な人がみつかるはずです]

思わせぶりな中庭に、午後4時半の西日が伸びる。
あたし達の長い影が、おんなの顔して密かに嗤う。

校庭から、遠い笛の音。

恋文の返事などたちまち忘れ、あたし達はからだを固くする。
もうすぐ武と清が戻ってくる。
ぎしぎしと渡り廊下を軋ませて。

笑いだしそうで、泣き出しそうで、唇をきつく噛みしめる。
汗で湿ったふくらはぎを、六月の風が撫でていく。
薄青い紫陽花が、思い出したようにゆらりとたわむ。


  ――廊下は静かに歩きませう――
 
 
 
 
 
 


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