
ほかほかと熱いくらいの紙袋を手にドアを押すと、
衝立(ついたて)の向うで母さんが、
お客さんの金色の帯をぎゅうっと締めあげたところだった。
とたんにカエルがつぶれたような声がした。
あんなに苦しい思いをして、なんで着物なんか着るんだろう。
僕がハタチになる10年後にも、成人式なんてあるんだろうか。
きっとその日も母さんは朝から働いているに違いない。
タナカヤなんて古くさい名の美容院だって、
一月の連休は、師走よりも忙しい。
よって僕の昼ご飯は、胸に抱えたこの肉まんだ。
衝立の横を通りすぎる僕を、母さんが呼びとめる。
ひとつ、ちょうだい。
しぶしぶ差しだすと、
母さんは着付けを終えたその人の胸元に手ぬぐいを掛け、肉まんを手渡した。
彼女が、着付け用の敷物にへなへなと正座する。
杏色の振り袖が、花のように広がった。
お茶持ってくる、と母さんが奥に引っこむと、彼女が僕に笑いかけた。
ごめんね。肉まん取っちゃって。
ぱくりとひとくち囓りつく。
「あたし、ほんとは十八。ジョシコーセーなの」
え。
「ウチのママったら、せっかちでね」
もぐもぐ噛みながら言葉を続ける。
「十七の誕生日に振り袖買ってくれちゃって」
花かんざしが、しゃらしゃら揺れる。
「なのに突然病気になっちゃって」
長いまつげが小さく震える。
「あたしが十九になるのも待てないんだって」
ホントにせっかち。そう呟いて、肉まんを一気に頬ばる。
とたんに又もやつぶれた蛙みたいな声。
母さんが、コップを片手に飛んでくる。
胸をたたき麦茶を飲みほすその目尻から、涙がひと筋こぼれて落ちた。
ドアの前で振り向いて、彼女は母さんに頭をさげた。
母と写真を撮るのだと微笑む頬が薄桃色に染まっている。
本物のハタチみたいに輝いている。
どう、きれい?
どぎまぎしながらも、僕は大きく頷いた。
えへっと笑いVサインをして、北風の中、彼女はまっすぐに歩いていった。
背中で結んだ金色の蝶が、誇らしげに揺れていた。
胸に抱えた肉まんが、じんわりと沁みるように温かかった。
800字『1月の連休に/タナカヤで/女子高生が』
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「ミ・メディア」刊行の際に寄せて頂いたオススメコメント
◆たりたくみ さん
800字の中に、
まるで映画を見るような豊かな世界が閉じ込められています。
「僕のお母さん」の思いやりが、通奏低音のように物語の底を流れています。
死を控えている母親へ寄せる深い悲しみが、
むしろ「ジョシコーセー」の明るいしぐさの中で強められ、
その旋律はツーッと、胸を裂きます。
物語を伝える「僕」は軽やかにリズムを刻み、トーンはあくまでも明るい。
生きることと死にゆくことが交錯する我々の生が、
「愛」という光に照らし出されて、涙のようにキラキラ光ってる…
生きるってこういうこと…
この小さな物語は、きんいろの蝶のようにふるふるとふるえながら、
わたしの魂の深いところへそっと舞い降りてきて、止まったのです。
