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すごかったよねー。
ほんと、ほんと。すごかったわねぇ。
細長いタンブラーに注がれたアイスティーにガムシロを入れながら、
マリコとナツミが笑い合っている。
ガラス張りのカフェの中で、
手振り身振りをまじえながら喋りあう二人は、
きれいで可愛いくて、まるで熱帯魚みたいだった。
同じゼミにならなかったら、
彼女達は愛想ナシのアタシなんかと出会うこともなかっただろうな。

ちょっと聞いてるの?
マリコが、アタシに向かって問いただす。
あ、うん。聞いてる。
その答えに満足したのか、長い髪を振って頷いたマリコが、
「何がスゴイってね」と再び口を開いた。
薄くて赤い唇が、暴発した機関銃みたいにコトバを発射しはじめる。

何がスゴイって、まず、アサコのあの飲みっぷりよ。
ほんと、ビデオにでも録って見せてあげたかったわよ。
ビールにジンリッキーにモスコミュールにバーボンソーダ。
バーボンなんて、ボトル一本あっという間よ。
でも、あの店長、アサコに気があったらしくてさ、
よせばいいのに「ボトル、サービスです」とか言って
ニューボトル持ってきちゃうし。
それで調子にのって又飲んじゃって。
でも、アサコがサトルと別れたばかりだってこと皆知ってるから
「しょうがないよな」「今日は飲め、飲め」なんて言っちゃったのよね。
そりゃ、煽ったアタシたちも悪かったけどさぁ。
いつもはあんまり喋んないアサコが、
めちゃくちゃテンション高いもんだから、
皆もついつい盛り上がっちゃったのよねぇ。

マリコのわずかな息継ぎの間を、ナツミが舌っ足らずなコトバで埋める。
きっとさぁ。サトルって飲まない子だったから、
アサコ、お酒飲むの久しぶりだったんじゃないの? 
ホントはお酒好きだったのに、ずっとがまんしてたんじゃないのかなぁ。
だから止まらなくなっちゃったのよ、きっと。

うん。まぁそれは仕方がないとしてもよ。
店を出てからが、またすごかったのよね。
マリコがナツミに向かって、ねぇ? と同意を求める。
ナツミは銀色の爪に貼りつけたカラーストーンを眺めながら、
そうそう、とピンクベージュのぽってりとした唇を開いた。
店の前の道が、ちょうど工事中だったのよねぇ。
あの、ほらぁ、三角のぴかぴか光るやつ。
アサコ、あれが欲しいって言い出しちゃってぇ。
ガテンのオジサンつかまえて説得はじめちゃうんだもんね。
大事にします。ちゃんと面倒見ます、
可愛がりますから、お願いしますぅ~、なんて。
もう訳ワカンナイわよ。

そうなのよぉ。オジサン困っちゃって可哀想だったのよぉ。
そう言って、ナツミがアタシに不必要な流し目をした。
どうやらリアクションを求めているらしい。
しかたなく、素朴な疑問を口にする。
ふーん。そんなもの持って帰ってどうするつもりだったのかな。
言い終わらないうちに、マリがさっさと答えてくれた。
「知らないわよ。分かるわけないじゃない」
そりゃ、そうだわ。分かるワケがない。
アタシはおとなしく引き下がった。

元々アサコってのはさ、何があってもクールで、
どんなことがあってもヒトゴトみたいな顔してたじゃない。
醒めたオンナって感じ? 
そのアサコが必死でオジサンの袖つかんでるんだもん。
なんだか、痛々しくってさ。
で、どうせもう電車はないから次の店へ行こうって、
皆でむりやりアサコを引きずっていったのよ。
なのに、今度は「アタシ帰る」って言い出しちゃった。
しかも「歩いて帰る」っていうのよ。
アサコんちってヨコハマでしょ。
東海道五十三次じゃあるまいし、歩けるわけないじゃない。
それなのに、どうしても歩くって言ってきかないもんだから、
コジマが
「アサコ、ひとりで帰るなんて言うなよー。
 淋しいじゃん。オレたち仲間だろ」
ってクサイ台詞はいたら、とつぜん泣き出して。

うん。泣いてたねぇーー。
ナツミは早くも目を潤ませている。
なんでナツミが泣くんだろう、と思う間もなく、マリコが素早くつっこんだ。
なんでアンタが泣くのよ。
だってぇ、と鼻をすすっているナツミを横目で見ながらも、
マリコは喋るのをやめようとしない。

子どもみたいに、えーんえーんって泣いてたと思ったら、いきなり泣きやんで、
道の向こうにある公園に向かってダッシュしちゃったの。
もう、びっくり。
慌てて皆であとを追いかけたわよ。
飲んだあとに全速力で走ったのなんて生まれて初めて。
トライアスロンだって、あんなことしないわよ。

ふいにナツミが、うふふっと笑った。
マリコ、ピンヒールのミュール、すっ飛ばしちゃったのよねぇ。
そうよ。しかもすっ飛んだ先が、公園の水飲み場。
あれシルクよ。シルク。もう最低。
あのミュール高かったものねぇ。
うん。高かった。でも、知ってる? 
あれが渋谷で50パーオフで売ってたっていうのよ。信じられる?
えー。でもきっと偽物よぉ、それ。
底に金色のロゴが入ってるのが本物でぇ、偽物はね、
黒文字でしかもカタカナで書いてあるんだって。

あの。
猛スピードで横道に突っ込んでいきそうなふたりの会話を止めるために、
アタシはなんとか口を開いたが、
声は掠れて呻き声のようにしか聞えなかった。
唇を半開きにしたまま停止しているふたりの視線を受けながら、
上品なタンブラーの底で溶けた氷をストローで吸いあげてから、
ようやく言った。
で、それから?

そうそう、それからね。アタシたち、何を見たと思う? 
見たのよ。公園の真ん中にあるちっぽけな噴水で、
アサコがばしゃばしゃと顔を洗ってるのを。
顔を?
皆、一瞬固まったわよ。
あっけにとられて見ていると、アサコはくるっと振り向いて、
真面目な顔で言ったの。
アタシ、もう泣かない、って。
は?
そうなのよ。まるで何かの台詞みたいに、はっきりと。
へたな役者みたいにさ。

それで、象のカタチになってる滑り台を、
だーってかけあがっていったのよねぇ。
ナツミが、中空をみつめながらうっとりと言って黙り込んだ。
心なしか、マリコのトーンもほんの少し落ちている。
象の頭のてっぺんで、アタシたちに向かってね、
みんな、ありがとー!って、アサコが。
いっつも「いかにもセイシュンしてます」っていうのは
大嫌いなのって言ってたアサコが、よ。
ほら、校舎の屋上から全校生徒にむかって叫ぶ番組があるじゃない。
まるで、アレみたいにさ。
で、極めつけは、「バカヤロー」よ。
ばかやろー?
そう。夜空に向かって、オオカミの遠吠えみたいに、
「バカヤロォーー!」って。

あたしはねぇ、あん時、初めて思ったわぁ。
アサコって、こんなに可愛い子だったのねぇって。
ちょっとナツミ。初めてってのは、あんまりでしょ。
だってねぇ、夜空に、まん丸いお月様が浮かんでて。
それがキレイでねぇ。その光の中にいるアサコもすっごくキレイで。
あんまりキレイなんで、あたし泣けてきちゃって……。
だからさ、なんでアンタが泣くのよ。
マリコが、やれやれと溜息をついた。
気づけばアタシも、同じように息を大きく吐き出していた。

腕組みをしたマリコが、首を傾げながらアタシの目を覗きこみ、
そして、わざとらしいほどにゆっくりと言った。
で? あんた、ほんとになんにも覚えてないの? ア サ コ。


アタシ、そんなにもサトルのことが好きだったのかな。
ちゃんと、ふっきったつもりだったのに。
ばかみたいだな。
そうだよね。アタシはいつも素直じゃなかった。
クールなふりして、ヒトゴトみたいな顔してた。ばかみたい。
アタシの知らないアタシは、きっとアタシに向かって叫んだんだ。
バカヤローッ!って。

見知らぬ自分を思い浮かべたら、
なんだか愛おしくて切なくて、またちょっと泣けてきた。
涙の幕の向こうで、ふたりが差しだすハンカチが、
ひらひらと熱帯魚みたいに揺れていた。


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「ミ・メディア」刊行の際に寄せて頂いたオススメコメント 

◆natsu さん

「三人寄れば、文殊の知恵」のはずなのに、
その、寄っているのが『女』となると、
あらら、「姦(かしま)しい」なんて言われます。
『バカヤロー!』内で繰り広げられている、
女たちによる怒濤のマシンガントークは、
読者の脳をビシビシ刺激するかのように、
非常に心地よいテンポとリズムで襲ってきます。
一人称で書かれているので、
主人公と自分とを一体化させて読んでいたのですが、
それが突然、ブチッと離れる、そんな瞬間があるのです。
この「ブチッ」というのが、これまた最高に気持ちがよく、
何度となく読み返しては、たっぷり「ブチッ」を楽しみました。
「姦しい」ではなく、「愛おしい」を感じることのできる作品です。

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