
「明日、雨かな」
よれたシーツの上で、あの人が言った。
運動会なんだ。下の坊主の。
私は、うつぶせのまま、
蜘蛛の糸のように漂う煙草のけむりを眺めていた。
ナントカ競争で一緒に走ってくれって言うんだぜ、あいつ。
笑みを含んだその声を聞きながらからだを起こすと、
けむりはひしゃげて消えていった。
枕元のティッシュを二枚、静かに引き抜き、
てのひらで転がしながら丸めていく。
その上に、ふわりともう一枚。
何? てるてる坊主か。懐かしいな。
私の手元をのぞきこみながら、
あの人は、人なつこい仔犬のように笑っていた。
屈託のないあの人は、屈託なく私を愛す。
屈託なく妻を愛し、息子を愛す。
憂えることなく、平等に。
裸のまま立ちあがり、裁縫箱を取りだして中を探る。
艶やかな水色のリボンを抜いて、てるてる坊主の首に巻いた。
そっと、きつく。
硝子戸をわずかにあけると、澱んだ部屋に夜気が流れこんできた。
微かに水の匂いがする。
腕を伸ばし、リボンを洗濯鋏でロープにとめて、
私はゆっくりとあの人に言った。
「大丈夫。きっと晴れるわ」
素直に肯いたあの人は、
短くなった煙草を灰皿に押しつけてから、
腕を広げて私を招んだ。
重なり合う私達を、
閉め忘れた硝子戸の向こうから、
てるてる坊主がじっと見ていた。
目覚めると、あの人は消え、全てのものは光に包まれていた。
わずかに開いた硝子戸も、よれたシーツも、床の上の裁縫箱も。
痛いほどに眩い秋晴れの朝だった。
涼やかな風がひと筋強く吹き抜け、
てるてる坊主が大きく傾ぐ。
ふと、微かな音を聴いたような気がした。
行進曲。
重なる拍手。
甲高い笛の音。
いつのまにか私は、裁ち鋏を手に立っていた。
光を集めた刃を、大きく広げて。
くぐもったアナウンス。
歓声。
よーい。
静寂。
パァン。
てるてる坊主の白いからだが、
力尽きた鳩のように、
風にもまれて墜ちていく。
蒼ざめた空の下、いびつに丸い頭だけが、
水色のリボンにくくられて、ゆらりゆらりと揺れている。
*800字テーマ「がまん」
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「ミ・メディア」刊行の際に寄せて頂いたオススメコメント
九鬼ゑ女 さん
どうにもやり場のない愛が蒼い空を見つめている。
そしてその愛にしがみつくのはやっぱりミメオンナ。
ミメイさんに弄(いじ)られる女たちをあたしは密かにそう呼ぶ。
そんなミメオンナの切ない吐息が
ココでもあたしの胸にザワメキを連れてくる。
オススメは…?そう問われてあたしはとても迷った。
ミメイ作品はどれもがあたしにはオススメだったから。
そして。迷子のあたしが漸く辿り着いたのがこの作品。
女とあたしの目に広がるのは眩いほどの秋空。
その空に揺れるのは体を切り落とされたてるてる坊主のまあるい首。
ふとあたしの耳に馴染みの童謡の一節が流れ込む。ソナタノオ首ヲ…
一瞬凍りつくあたしの心にいつまでもミメオンナがその唄を囁きかける。
ミメイさんの手はこうしていつだって
彼女のイリュージョンの井戸にすとんとあたしを嵌めるのだ。
