
いつからか、あたしはアレルギー体質らしい。
最初は、高校生の頃。
まだ花粉症なんて誰も知らなかった頃、
あたしは春の嵐の中で、
ひとり、くしゅんくしゅんとクシャミをしていた。
20代の頃。
とつぜんキウイが食べられなくなった。
喉が痛がゆい。
そして、血圧が急降下。
キウイが入っているとは知らずに食べて(飲んで)
ぱたんと倒れたことも何度かある。
キウイが、れっきとした「アレルギー食品」だと知ったのは、
ずっとあとのことだった。
しかも、「マタタビ」の仲間なのだそう。
ということは、
あたしはマタタビに反応する
猫みたいなものなのか。
ほんとうは有害でもなんでもないのに、
カラダが反応してしまうなんて、
なんていうことだろう、と思う。
キモチとは裏腹に、
カラダが拒むなんてことは、
オトコとオンナのあいだのことだけかと思っていたのに、
なんてこと。
「大丈夫なんだから」と、
自分で自分のカラダに言い聞かせてみても、
引き下がる気配などみじんもない。
あんがい頑固だ。
あたしのカラダは。
自分のカラダなのに、
自分でコントロールできないなんて。
なんだかとても理不尽だ。
でも。
考えてみれば、
あたしは、自分のカラダの仕組みなんて、
これっぽっちも知らないのだ。
このカラダの中の無数の細胞のひとつひとつが、
今何をしているのか、
どんなふうに働いているのか、
何を考えているのか――細胞にだって意志はあるはず――、
何ひとつとして分からない。
ジェリービーンズみたいな胃袋や、
胡桃を縦割りにしたような脳や、
ハートの形をした心臓。
それそれが、それぞれにコトバを発したら、
あたしの意識の中に問いかけてきたら、
きっと1秒だって耐えられない。
それらを自分で司ることなんて、できやしない。
カラダは寡黙だ。
ひっそりと静かに動いている。
何も言わずに戦っている。
害があるわけでもないものを、
これはマズイですよと思いこみ、
必死になって戦っている。
そう思えばアレルギーだって、
どこかけなげで、滑稽で、
なんだか愛おしくなってくる。
こんなときは、
深情けのオンナのように、
しょうがないわね、と呟いて、
黙って添い寝するしかないのだ。
あたしのカラダと。
そっと、優しく。
