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休日には、バスに乗る。
目についた停留所から乗り込み、車内の路線図を見て、降りる場所を決める。
その路線の終点まで、乗りつづけてしまうこともある。
連休の都心の道は、驚くほど空いているし、乗客も少ない。
時には、夫とわたし、ふたりだけになってしまったりもする。
少し高い目線から、ぼんやりと見る町並みは、いつもとちがって、どこかのどかだ。
知らない町を旅しているような気がする。


10年前の秋、夫とふたり、東北周遊の旅をした。
盛岡から十和田湖へはバスに乗った。
常客の半分は、リュックを背負って、山登りの出で立ちだった。
途中、ドライブインでの休憩時間、バスを降りてみると、
同じような装備に身を固めたヒトたちがいた。
彼らは、これから盛岡へ戻るところらしい。
「上のほうは、もう八割方、だったよ」
わたしたちのバスの常客にそう告げる。
そうか、八甲田山の上はもう紅葉しているんだ。
柔らかな陽射しに包まれて、バスの窓ガラスに額をつけ、
山の上の赤い木々を想ってみたが、それは、なかなかうまくいかなかった。
田んぼを埋めつくす黄金色の稲穂が、眠たそうに頭を垂れていた。

十和田湖畔に降り立つと、たしかに寒かった。
それでも十和田湖畔の木々は、ほんの少し色づきはじめたばかり。
湖に蓋をするような厚い雲から、霧のように細かな雨が舞い落ちてくる。
あのバスに乗っていったヒトたちは、どうしただろう。
山の上の寒さを想うと、より一層からだの芯が冷えてくるような気がして、
薄手のブルゾンのチャックをしっかりと閉めて、宿へと駆け込んだ。

2日後、十和田湖を離れる朝になって、ようやく天気は回復した。
日本海側へ出るために、またバスに乗る。
朝一番のバスの常客は、わずか4名。
制服を着たお下げ髪の女の子は、たぶん中学生だろう。
時々、運転手に話しかけては、ころころと笑っている。
腰のまがった小さな老婆は、2つ目の停留所で降りてしまった。
こんなところで降りてどうするんだろう、と、
心配になるほどの山道の途中にも停留所はあるのだった。
窓の外は、どこまでいっても溢れるほどの木々ばかり。
バスは、3人の常客を乗せて、ゆったりと走っていく。

終点までの距離のちょうど半分ほど、というところで、
バスは道を逸れて、大きなガソリンスタンドに入っていった。
ここで休憩かな。
そう思っていると、バスは、大きな機械の前につけられた。
窓越しに行く手を見ると、その機械には、毛足の長い巨大なブラシのようなものが
ぶら下がっている。
え。洗車機?
バスは、ゆっくりと進んでいく。
運転手と、少女と、わたし達を乗せたまま。

巨大ブラシが、窓の外で、ぐるんぐるんと回っている。
視界が、白く泡立っていく。
とろとろと進む洗車機の中で、わたしと夫は目をまるくしていた。
お下げ髪の少女は、静かだ。
外の様子など気にすることなく、文庫本に目を落としている。
窓に、水がぶつかる。
流れ落ちる水を、風が吹き飛ばしていく。
まるで、暴風雨のまっただ中にいるかのようだ。
弾ける滴の隙間から空を見上げる。
素知らぬ振りの空は、高く、青い。

途中の停留所で降りた少女を、バスの窓からのぞきみると、
笑いながら、ひらひらと手を振ってくれた。
小さな手のひらは、かじかんでいたのか、ほんのりと赤かった。
胸の中に、山の上のもみじが、紅く揺れた。


晴れた日の休日に、バスに乗ると、あの旅を思い出す。
車窓から見上げる東京の空は、薄くぼやけた青。
それでも、休日のどこかぼんやりとした空気を湛えたバスは、
いつもと違う空間を走っていくような気がする。
どこかで道を逸れて、大きな洗車機に入っていくのではないかと、
わたしは、人知れず、わくわくしている。
子どものように、額を窓ガラスにおしつけて。

信号待ちをしていたポニーテールの少女が、わたしを見上げて笑っていた。

  
  
  
  
  
  

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