
「ただ今、60分ほど、お時間をちょうだいしておりますが」
ほら、やっぱりね。
はい、はい、分かりました、と、返事をして電話を切った。
「1時間だってー」
テレビの前に陣取っているオットに言う。
「そうか、やっぱりな」
えぇーっ、すごいね、と、友人Kが大声をあげる。
6時キックオフのニホン×ベルギー戦に備えて、
まずは食糧を確保せねばと、ピザのデリバリーに電話をしたら、
妙にドスのきいた声の兄さんが、妙に丁寧なコトバ遣いで、
きっちり念を押したのである。
「今日は、お時間かかります」と。
その合間にも電話の向こうでは、ひっきりなしに電子音が鳴っていた。
ピザ屋の戦いは、すでに始まっているらしい。
日本国中、考えることは皆同じ。
しかし、指をくわえて待ってるだけでは能がない。
すでに近所にあるローカルな「パスタ・デリバリー」にも注文済み。
どちらかヒトツでも先に来れば、遅い配達に苛立つこともないだろう。
チーズだの、ハムだの、ナッツだの、酒のツマミだけは用意して、
とりあえずビールで乾杯することに。
「ワールドカップ、オメデトー」
なにがオメデトーなのか、よくワカラナイけれど、とにかくなんだかメデタイのだ。
「やっぱりスゴイよね。ワールドカップって」
日頃、スポーツ全般に興味のないKまでもが、なんだかソワソワしながら言う。
「だって、ワールドカップなんか見ないって言ったら、
皆が白い目で見るんだもん」
だから、ちょっとは見てみるかと、どこだったかの試合を見てみたら、
「もう、驚いちゃった」のだと言う。
ものすごい勢いでボールが飛び、ヒトが駆けまわり、激しくぶつかりあうことに。
その迫力、気力、体力、テクニック。
すべてに呆然としてしまった、と。
「そうそう。やっぱりレベルの高い試合って、面白いものなんだなって思うよね」
わたしも、深く同意する。
「だって、皆、死に物狂いで戦ってるんだぜ。フツウの試合とは、集中力も、
アドレナリンも全く違うよ」
青春時代には、サッカーボールを追っていたオットがのたまう。
「シニモノグルイになるっていうのは、やっぱり、国をかけて戦ってるから?」
Kが唐突に「素朴な疑問」を口にする。
彼女は、そういうヒトなのだ。疑問を放置したりしない。
知りたいことは、とにかく質問し、更なる疑問をぶつけ、
そして自分なりの結論を出す。
でもなぜか、それは、いつも核心から遠くはずれてしまっていて、
「どうして、そういう結論になるかな」と、首を傾げることになるのだけれど。
キックオフ直前に、パスタが届く。
さすがローカル。作戦成功。
ワインをあけて、2度目のカンパイ。
食べながら呑みながら、目でボールを追いながらも喋りつづけ、
時に立ち上がり雄叫びをあげ、時に身もだえて悲鳴をあげる。
ワールドカップって、忙しい。
「国をかけて戦う」ということが、良いことなのかどうか。
再び、議論が白熱する。
うーん。と、皆で首をひねる。
ひねりながらも、ワインを飲み、目はボールを追っている。
たしかに、「代理戦争」なんてコトバが使われるくらいに、
ワールドカップは「国と国の戦い」という色合いが強い。
でも。
戦っている選手自身は、どうなのだろう。
ほんとうに、「国のために」と思っているのだろうか。
ただシンプルに「勝ちたい」という本能が、
アドレナリンを放出しているだけなんじゃなかろうか。
オンナふたりが口をそろえると、オットがおごそかに反論した。
でも、中には「代理戦争」というコトバを、
切実なモンダイとして感じている選手もいるのだと。
経済、宗教、人種、国境。
国と国のわずかな摩擦やズレが、そのままダイレクトに、
ひとりひとりの生活をおびやかす。
そんな国が、たしかにあるのだ。
そこへいくと、ニホンは、なんてお気楽な国だろう。
ニュースとしての外交モンダイは知っていても、
それが、自分たちの日々の暮らしに直結しているという意識は薄い。
せいぜい、海外に行くときに、円が高いか安いかを気にするくらい。
ぽっかりと海の上に浮いているニホンにとって、
「他国」というのは文字通り、「海外」にある国なのだ。
道の真ん中にある1本の線をまたいだら、そこはもう、ヨソの国。
ニホン人にとって、そんな状況を想像するのは難しい。
地続きに他国がある大陸の国々とは、
ひとりひとりが抱いている「危機感」だって比べものにならないだろう。
「でもさ、どこの国のヒトだって、願うことはおんなじじゃないのかなぁ」
テレビを凝視しながら、Kが言う。
家があって、家族がいて、食べて寝て笑いあえる平和な暮らし。
それが「万人の願い」なのでは。
あそこでボールを追っている選手、ひとり、ひとりも、そのために戦っている。
「国のため」などでははなく。
「それでも、さ」
オットが言い募る。
諍いの元になっている「他国」を蹴落とさなければ、
個人のささやかな幸せさえも得られない、
そう思わざるをえない国ってのもあるんだよ。
テレビから視線をはずして、Kが、ぽつりと呟いた。
なんか、哀しいね。
「それにしても、ピザ、遅いなぁ」
トーンダウンした空気を掻きまわすかのようにオットが言う。
あ、そういえば。
オンナふたりは顔を見合わせる。
すっかり忘れていた。
すでに試合は後半に突入している。注文してから、ゆうに1時間経過。
電話してみなよ、と、オット。
どうせ、今出ましたーって言われるだけだってば、とわたし。
えー、ソバ屋じゃないんだから、と、Kが笑う。
「すみませんっっ。今出たところですっ」
ほらね。
「やっぱさ。オリンピックとかワールドカップなんて、ヤメタほうが良いんだよ」
どうして、そういうことになるんだよ。
Kのむりやりな結論に、笑いころげる。
なんだかんだと世界平和的見地を戦わせてはみたものの、
やっぱり試合終了時間が近づいてくると、もう、いても立ってもいられない。
もう1点入れろーー! 絶対入れられるんじゃないぞ! 入れるんだっっ。ニッポン!
声をかぎりに叫びながら、やはりニホンを応援している。
国のために勝てとは思わないけれど、でも誰もがなぜか愛国心を持っている。
不思議なことではあるけれど。
終わってみれば、結果は「引き分け」
戦い終わって、気が抜けて。
「ワールドカップは心臓に悪い、カラダに良くない」と、Kが最終的な見解を出したとき。
ピンポーン。
ピザが、ようやく到着した。
いくらなんでも遅すぎる、文句のヒトツやフタツやミッツは言わなけりゃ。
まるでPKをキメてやるとばかりに鼻息荒く、オットがドーンとドアをあけると、
そこに立ちはだかるキーパーは、あろうことか、うら若き乙女。
髪をザンバラ振り乱し、平身低頭する「ピザの配達員」は、
痩せた小柄な「オネエチャン」だったのだ。
ウっと、コトバにつまるオットの代わりに、わたしが仕方なく声をかける。
「今日は、やっぱり大変だった?」
「へぇ、もぉ……」
コトバも出ないくらいに疲れきっているらしい。
ご苦労様、と、アツアツのピザを受け取ってドアをしめると、
壁にもたれ、腕組みしていたKが言った。
「敵も、なかなか考えたね」
ううむ。
本日は、ピザ屋の逆転勝利。
うら若きオネエチャンに、「勝ち点3」
