
ガラステーブルの上の絵ハガキに書いた文字は、3行目で止まったまま。
放り出されたペンが、ビアグラスの影にできた滴の海で泳いでいる。
青い海、青い空。
目の前の景色を切り撮ったはずの絵ハガキなのに、
今、私が感じている眺めとは、どこか違う。
ハガキの余白は、ほんの少し。
胸いっぱいに吸いこんだ鮮やかな「青」を、伝える言葉がみつからない。
海に面した九階の広いラナイには、丸テーブルと二脚の椅子。
悠々寝そべることの出来るデッキチェアがふたつ。
ハワイでは、ベランダの事をラナイと呼ぶ。
このラナイこそが、夜明けから日暮れまで、
刻々と色を変えていく空と海を眺めるための貴賓席だ。
私と夫は、景色に吸い寄せられるようにして、休暇の度にこの島を訪れる。
視界の両端には入り江を囲う白い岩肌が見え、
その上を深い緑の樹々が覆う。
高さを競い合う椰子の木のあいまに、滴(したた)るような赤い花。
目の前の白いビーチの波打ち際は、光を通して反射する浅い水色。
幼い頃遊んだおはじきを思う。
穏やかな入り江の海は、人の心を誘う明るく率直な青。
その向こう、のびのびと広がる大洋には、幾つもの碧が重なりあい、
遙か沖の水平線は、まっすぐ横に筆を走らせた群青色。
すぐ上に続く青い空との境を知らしめるための深い蒼だ。
水平線に近い空は、水蒸気に煙るような淡い青。
天高くなればなるほど、色は濃さと深みを増す。
海には底があるけれど、空は果てしなく深い。
そんな事を思い知らされる突き抜けた青。
空と海の間、むくむくとした雲の、その真っ白な量感が、
自ら浮かんで漂っていることを誇示している。
それでも、剥がれた雲の切れ端は、海と空の青に負けて、
氷塊を想わせる薄水色に染まっている。
藍色、瑠璃色、コバルト、インディゴ、ターコイズ。
色を示す言葉は無数にある。
だが、どれを当てはめてみても、そうじゃない、と心がもがく。
ひとつの言葉に閉じ込めたとたん、
それは平面に塗られた絵の具の色になってしまう。
大地を被う単色の布になる。
色は、光の粒子と波。
乾いた風の中の甘やかな花の香りをまとい、
大気の一粒一粒に混ざる太陽の匂いを吸い込み、
陽射しのように、肌に沁みるものなのだ。
小鳥の囀り、波の音、さえぎる物なく両手を広げたような開放感。
からだ中で感じているこの色を、言葉で綴るのがもどかしい。
温くなったビールを飲み干し、濡れたペンをタンクトップの裾で拭いて、
絵ハガキに書き加える。
目をとじて、青い海と青い空を、
思い浮かべてみてください。
そして、大きく、ゆっくりと、深呼吸。
ここは、そんなところです。
