
終戦記念日の前日、お盆のまっただ中。夏の真ん中。
8月14日。
夫からのバースデー・プレゼントは、一泊二日の「逃避行」だった。
誕生日くらいは、慌ただしい現実からも、果てしない仮想現実(ネット)からも、
ちょっと離れてみてはいかがでしょう、と。
行き先は、車で20分ほどの距離。
坂の上に建つ、こじんまりとしたクラシックなホテルだった。
ちいさなフロントでチェックインをして、部屋に入る。
案内してくれたボーイが、
「只今係りの者がお茶をお持ちします」と言う。
すぐにドアがノックされ、白いエプロンをつけたメイドが、
熱いほうじ茶を盆にのせて入ってくる。
「冷たい麦茶もご用意できますので、いつでもお申し付けください」
丁寧にお辞儀をして、メイドがさがると、部屋はしんと静かになった。
木枠の窓に、ざっくりとしたレースのカーテン。
飴色に磨き込まれた木製のデスクと、小さなドレッサー。
部屋のドアも、バスルームのドアも、木製だった。
真鍮のノブがしっとりと輝いている。
そして、壁は、象牙色の漆喰。
長い歴史とともに、何度も塗り重ねられてきたのだろうが、
染みひとつない漆喰の壁は、なんともいえずに優しく暖かい。
ここには、都心のホテルの客室にありがちな、無機質さがない。
閉じ込められているというような、息苦しさがなかった。
たしかに非日常な空間ではあるのに、よそよそしさがない。
まるで、旧知の家を訪れたかのように、どこか懐かしい。
幼い頃、夏休みのあいだ中泊まりこんでいた祖母の家を思いだしていた。
部屋に漂っている、しんと鎮まった空気が、
時の彼方に潜む記憶を呼び起こすのだった。
空調の効いた部屋で、香ばしいほうじ茶を啜りながら、
夫とふたり、どこへ行こうかと地図を見る。
家を出る前に、東京散策ガイドから、この近辺の地図だけを破り、
ぽんとバッグに入れてきていたのだ。
「文学散歩」という見出しが目に入る。
電車で一駅。
歩いていける距離だった。
大きな交差点から、歴史ある大学の大きな門の前を過ぎ、
その先の路地を入る。
石川啄木が暮らしていたという下宿屋の跡は、
石碑があるだけで、建物はプレハブのような旅館になっていた。
肩すかしをくわされたような想いで、路地を進む。
しばらく行くと、道が分かれていた。
その角で、思わず歩みがとまった。
見るからに古い木造の建物が、路地を隔てて二軒向かい合っていた。
木を横に組んだ三階建ての建物は、
今にも朽ち果ててしまいそうな下宿屋だった。
明治時代から、変わらずにそこに建っているという。
その佇まいは、安易に近づけないほどに、どこか異質だ。
古い、というだけではない。
その建物だけが、周囲に満ちる眩いほどの夏の光を拒んでいる。
現在(いま)という「時」のなかにいる者たちを、無言で押し返し、
刻々と進んでいく時を、組み伏せようとでもするかのように。
すり減った石の門柱の奥に見える入り口は、引き戸が半分開かれているが、
その奥は、すっぽりと闇に沈んでいた。
見れば、引き戸に貼り紙があるが、通りからでは遠くて読めない。
オットを促して、その文字を読んできてもらう。
「関係者以外の立ち入り、のぞき込みを禁じる」
そそくさと引き返してきた夫が復唱した。
見上げると、風雨の沁みた板壁に並ぶ四角い窓は、ところどころ開いている。
だが、どの窓の内側もひっそりと沈んでいて、人の気配はなかった。
その向かい側にあるのは、石塀から深い松の緑がのぞく古い旅館だった。
短い石畳の先に開いた入り口は、こじんまりとした建物の割りに広い。
数歩入ってのぞきこんでみると、右手に受付のような窓口があった。
蛍光灯の光の下、事務服を着た若い女性が座っている。
パンフレットを頂きたいのですが……。
そんな口実を作って、宿の玄関に足を踏み入れた。
横に広い三和土の左手には、天井までの下足棚が設えられていた。
一段あがったロビーの照明はすべて落とされ、
その先に続く廊下も、薄闇に紛れている。
がらんと広いロビーには、どっしりとしたソファーセットが2脚、
あやふやな影絵のようにぼんやりとあった。
だが、この建物を満たしている静けさは、どこか親しいものだった。
古い日本家屋特有の、ひんやりとした空気。
ゆったりと流れていく「時」の、心地好い重み。
受付の女性にお礼を言って、パンフレットを手に、路地に戻る。
この旅館は良いね。
いつか、泊まってみようか。
夫とそう言い合いながら、路地を進み、
なんとはなしに今来た道を振り返った。
古い下宿屋は、力強い夏の光にも屈せずに、頑なな闇を守っていた。
あの窓の向こうには、こことは違う「時」が流れている。
と思った、その時。二階の窓のカーテンが、ゆらりと揺れた。
黄ばんだレースのカーテンの向こうから、誰かが、じっとこちらを見ている。
そんな気がして、わたしは夫の腕を引き、足を早めた。
坂道をくだり、坂道をのぼると、そこには小さな看板が立っていた。
樋口一葉の井戸。
路地の横道にある階段を降りていくと、たしかに、井戸があった。
困窮の暮らしをしていた一葉が、日に何度も汲んだ井戸だという。
何度も修繕され、塗り直されているのだろう。
鮮やかな緑色の井戸は、さほど古びた感じもなく、
アスファルトの路地裏に置かれた大きな玩具のように見えた。
井戸の先には、ふたたび、階段が上に伸びていた。
急な階段の両脇には、右に左に、古い二階屋が長屋のように続いていた。
さきほどの下宿屋に匹敵するほどに古い。空気が、重い。
井戸などとくらべものにならないほどに、
密度の濃い「時」が溜まっているようだった。
建物の板壁は、ささくれ、黒ずみ、
こんなに晴れた日だというのに、なぜかしっとりと湿っていた。
錆びた桟がついた窓のひとつには、
浴衣地をほどいて縫った色褪せた布のオムツが干されていた。
階段をあがりきると、目の前に壁が立ちはだかる。
その壁の手前に、人がひとり通れるほどの通路が、左右に伸びている。
そうっと覗き込むようにして左手を見ると、
こんもりとした植え込みの陰に、乳母車が置かれていた。
土埃にまみれた錆びた古い乳母車には、車輪がなかった。
その奥、磨り硝子のはまった引き戸が、ほんの少し開いている。
中は、闇だ。
足音を忍ばせて、その引き戸に向かって進もうとすると、
ふいに密やかな声がした。
振り返ると、急な階段の途中で、夫がわたしの名前を呼んでいた。
首を傾げて問いかけると、何も言わずに、手招きを繰り返す。
わたしは、その場に佇んだまま、もう一度、その玄関の引き戸を眺めた。
深い闇が、同じように手招きをしている。
しばらくその闇をみつめたあと、わたしは、夫の元へと降りていった。
散策コースの坂道に戻る道すがら、夫が言った。
あそこは、やばかったよ。
夫も私も、「霊感」と言われるようなものがあるわけではない。
オカルト的なものに、特に興味を抱いているわけでもない。
だが、夫は「何か嫌な感じがする」という場所を、察知することができるらしい。
その「感覚」のおかげで、難を逃れたことが、これまでにも何度かある。
ところが、このわたしは。
なぜか、夫が「やばい」と思う方向へ、どんどん行ってしまうらしい。
何かに手を引かれるようにして、するすると近づいていく、というのだ。
「あそこだけはやめたほうが良いと思った」
そう言う夫に、わたしは、苦笑するしかなかった。
たしかにわたしは、そこにあるナニカに、「惹かれて」いたのだ。
どうしても、ナニカに触れてみたい。そんな欲求にかられていた。
だが、それは、「霊」などではない、と、わたしは思う。
あえて言うのなら、「時」なのではないか、と。
積み重ねられた「時」の重み。あるいは過ぎゆくことを拒んだ「時」の歪み。
堆積した「時」のなかには、たくさんのモノやヒトの気配が残っている。
人々の笑い声や、すすり泣き、ざわめき。物のきしみ、鳴き声。
そういったものを吸い込み、抱えつづけてきた「時」というもの。
わたしは、その「時」に惹かれるのだ。
覗き込み、からだで感じてみたいのだ。
だが、ほんとうに、その「時」に入り込んでしまったとしたら。
そのまま、現実に戻ってこられなくなるかもしれない……。
少しだけ、肌が粟立った。
大通りまで出ようと、またひとつ短い階段をあがっていくと、
すぐ傍らに建つ家の窓が開いていた。
開け放たれた窓の上半分には、簾(すだれ)がかかっている。
その下から、畳に足を投げだしたランニング姿の男と、
ぱたぱたと揺すられる団扇が見える。
二重、三重にひびきあう歓声と、興奮したアナウンス。
テレビだろうか。それとも、あのくぐもった音は、ラジオだろうか。
団扇の風に煽られるようにして、流れてきた甲子園の熱風が、
軒下の赤い風鈴をちりんと鳴らした。
現実からも、仮想現実からも離れようとしたせいなのか。
逃避行を企てたわたし達が、出会ったのは、「時」だった。
いつかどこかにあったはずの「時」
そんな「時」との出会いは、ほんの少し怖しくて、
どうしようもなく懐かしかった。
わたしのなかで狂ったように進んでいた時は、
ゆっくりと速度を緩めていった。
それでも……。
逃避行を終え、家に戻ったら、わたしは又PCを開くだろう。
仮想現実の世界に流れている「時」は、
1秒だって立ち止まってはくれないのだから。
だけど。
果てしなく変化し続けるネットの透き間にも、
密やかに「時」は積もり、沈澱しているのかもしれない。
ひっそりと佇む「時」が、どこかで、じっと見つめている。
駆け足で進むわたしたちを。
