hensin.jpg

午後4時の車内には、頼りない西日が電線の影をひいて走っていく。
郊外を行く各駅停車のシートはまばらに埋まり、
私の向かいには、女がひとり、
膝の上のトートバッグを抱えこむようにして眠っていた。
どこにでもあるようなハーフコートの下は、ありきたりな丸首ニット、化繊のパンツ。
足元に置かれたデパートの大きな紙袋から、
ラップに包まれた縦割りの白菜が顔を出している。
たぶん、主婦。
歳は35。
子供は10歳の女の子。
そんなところ。
だとしたら、子供を生んだのは、25歳か。
化粧の浮いた女の頬には、乱れた髪が一筋張りついている。

[九州へ転勤することになった。一緒に行かないか]
昨夜届いた遼からのメッセージ。
携帯メールでプロポーズするなんて。
でも、不思議と怒る気にはならなかった。
つきあい始めて5年。
25歳という年齢。
確かに、そろそろと思っていた。
嬉しくないと言ったら嘘になる。
でも、なぜか、すぐには返信できなかった。
保留した返事を乗せて、列車は素知らぬ顔で彼の待つ駅へと向かう。

ボーナスは自分へのご褒美に使い、
週末には新しい服を着て恋人と出かける。
目の前にいる平凡な主婦も、10年前にはそんな女だったはずだ。
結婚と共に、私もただの主婦になってしまうのだろうか。
タイトなスーツやハイヒールと一緒に、
自分の中のオンナを処分していくのだろうか。

と、突然、電車が大きく傾いで揺れた。
女の足元の紙袋が、バタンと倒れる。
転がり出る白菜。そして金色の小箱。
リボンに結ばれたバレンタイン・カード。
[パパへ――]
慌てて拾い上げる彼女の指の透き間に、
手書きの赤い文字が踊っていた。 
[With Love]

列車がスピードを落とし始めた。
暮れかかる町の家並みには、柔らかな灯りが滲んでいる。
携帯電話を取りだし、もう一度メールを読み返す。
バッグの中を覗き込み、
そこにも金色の小箱があることを確かめてから、
返信ボタンをかちりと押した。


 
800字テーマ「チョコレート」

*注:車内での携帯電話の使用はご遠慮ください。(笑)
  
  
   
  

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://mimedia.sakura.ne.jp/works/mt-tb.cgi/51

感想をどうぞ




保存しますか?