
電話が鳴った。
2回、3回、4回……。
ぼんやり数えながら、窓際に置かれた電話を見ていた。
今、出なければ、また何か言われる。
分かっていながら、躰は動かなかった。
31回で電話は黙った。
10時に電話したのに出なかった。
2時に電話をしたら留守だった。
その度に私は答えなくてはならなかった。
ちょうどシャワーを浴びていて……。
坂下のスーパーまで買い物を……。
それらは全て真実だった。
言い訳でもなく、何かを取り繕うための嘘でもなく。
でも淳は信じない。淳は私を疑っている。
疑われるような何かを、私はしただろうか。
いつ、どこで、誰と。
疑いのもとは、わたしの閉ざした心のせいだろうか。
だが、私が心の扉を閉じたのは、彼の異常なほどの執着から逃れるため。
それなら彼の不安はどこからきたのだろう。
いつから私の心の扉が……。
今となっては始まりがどちらだったのかさえ、分からなくなっていた。
また、ベルが鳴り始めた。
電話機の前まで行くと、ベランダに干した洗濯物が目に入った。
逃げるようにして窓を開け、洗濯物をひとつはずしては、腕に抱える。
乾いている筈の洗濯物が、腕の中で湿った熱い塊に変わっていく。
いつのまにかベルの音は消えていた。
並べて干したバスタオルから、ほころびた糸が垂れていた。
幾度となく洗われたそれはしなやかさを失い、
水色の薔薇模様は色褪せて灰色にしか見えない。
どこかのデパートの香典返しの包みによく似ていた。
掴んだ手に力を込め、一気に引いた。
バチッと鈍い音がして、青いロープと洗濯挟みが大きく弾け、
軒下に下がった鉄の風鈴が狂ったように鳴り響いた。
ベッドの上に洗濯物を投げだし、
ごわごわに乾いたTシャツと下着を大きな麻のバッグに放り込む。
火元を確かめ、窓を閉め、財布の中身を調べ、玄関を出て鍵をかける。
歩きだそうとして手の中の鍵に気づき、
振り向いて、新聞受けの透き間に、ぽとりと落とした。
ドアの向こうで、また電話が鳴っていた。
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