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細く開いた窓から流れこむ、せせらぎのような雨音が、
教室をひたひたと満たしている。
ひとり用の軽い机を、ふたつくっつけ、みっつ合わせて、
教室には小さな島がぽつぽつ浮かぶ。
雨の日の昼休みは、密やかだ。
額を寄せ合う女子たちのお喋りは、なぜかひそひそと交わされて、
廊下や、両どなりの教室から聞こえる声や物音も、遠く、くぐもって聞こえてくる。
まるで水底にいるみたいに。
昼食をとっくに食べ終えた男子たちは、2、3人で固まって、
机に腰掛けたりしながらも、何かを持てあますかのように黙りこみ、
校庭の熟れすぎた柿の実を、ただぼんやりと眺めている。

空になった弁当箱を水色の布に包みながら、キヨミが長いため息をつく。
昼休みにはいつも校庭にいる彼の姿が、雨の日には見られない、
と、又ため息。
高校生になってすぐヒトメボレして、もうすぐ2年になる片想い。
誰もが知っている恋なのに、彼女は彼に告げようとはしない。
キヨミが本当に怖れているのは、彼にふられることではなくて、
恋する幸せを、失なってしまうこと。
恋していることにこそ、意味があるのだ。
だから雨の日の彼女の溜息は、いつも幸福に満ちている。

その甘酸っぱいため息に気づきもせず、カナは本を読み続ける。
ラミネートされた、えび茶色の固い表紙。
背表紙のすそに、C-154という小さなラベル。
また図書室で借りたらしい。
雨の日に灯る蛍光灯は、あたりの暗さを知らしめるばかりで、
蒼白い頁に並ぶ活字が、薄闇に溶けてにじんでいる。
朗読の授業のように本を立て、カナが勢いよく頁をめくる。
そのたびに、刻印されたタイトルが蛍光灯にきらりと光る。
[銀の匙]
わたしはその3文字から、本の中の世界を想像してみる。
銀の匙、ぎんのさじ。

そういえば、子どもの頃。
祖母も母も、スプーンのことを「お匙」と呼んだ。
口がうまくまわらぬわたしは、ずっと「おしゃじ」と言っていた。
柄の先がウサギの耳の形に割れた、小さな匙。
その匙で、アイスクリームをすくっただけで、世界は幸福に染められた。
悩みなんていうコトバも知らなかったわたしの
小さな右手に握られていた、銀の匙。
あのちいさな匙は、どこへ行ってしまったのか。

光を閉ざした窓の外に線をひいて落ちる雨も、銀色だ。
天から垂らされた銀の糸。
たどってのぼれば、行き着くさきは天上だろうか。
あの世とやらに行けるのだろうか。
無口だけれど優しかった祖父や、小学校の担任だった陽気なセンセイ、
仲良しだった従兄がいるはずの、あの世という、遠い国。
彼らに会えるのなら、すぐにでも飛び出して、銀の糸をつかみたい。
つめたい雨を顔に受け、髪を濡らし、天の糸を昇りたい。
しっかりと握り、ずんずん昇って、雲の上から下界をみおろす。
校舎は、レゴブロックみたいに小さいだろうか。
校庭は、ドロップみたいにちっぽけだろうか。
雲のうえから、雨を降らす。
玩具みたいな学校に、糸を垂らす。
誰か気づくだろうか、銀の糸に。
するすると昇ってくるだろうか、あたしの垂らす細い糸に。

ベルが鳴る。

がたがたと机を戻し、じゃあ又、と、キヨミが手を振る。
自分のクラスへと戻る廊下で、彼に会ったらどうしよう、と、
眉を寄せながら、頬を染め、水色の包みを抱えて出て行く。

カナは、相変わらず本を読んでる。
本の中の世界に行ってしまったカナは、とうぶん戻ってこないだろう。
彼女は、「匙」を持っている。
ゲンジツの教室から抜け出せる、自分だけの銀の匙を。

所在なくうろついていた男子たちが、上履きをひきずって、席に向かう。
湿った人いきれが教室にこもり、窓のガラスが白くくもる。
小さな校舎の、ちっぽけな教室から抜け出したいと、
わたしは窓を指でぬぐう。
丸くあいた穴から空を仰ぎ、銀色の糸をたどりながら、
でもやっぱり、わたしには昇れない、と思っている。

寒い、と言いながら戻ってきた誰かが、細く開いた窓を、ぴたりとしめる。


音もなく、銀色の雨が、降っている。
 
 
 
 
 
 
 
+テーマ「昼休みの過ごし方」




   

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