
朝、鏡をのぞいたら、
目の中に薔薇が咲いていた。
真っ赤な薔薇が。
左目の瞳の斜め下あたり。
白目のところに、直径5mmほどの、
赤い沁み。
モウサイケッカンが切れたらしい。
子どものころ、祖母の目にも
時々赤い薔薇が咲いていた。
それは、ほんとうに真っ赤な薔薇だった。
濁りのない血の色。
見るのが怖いのに、ついじっと眺めては、
「痛くないの?」と何度も訊いた。
アーモンド型の美しい目を細めて、
祖母はにっこり笑いながら、
「痛くなんかないのよ。
モウサイケッカンが切れただけだから」
モウサイケッカンが毛細血管だと分かったのは、
ずっとずっと後のことだ。
中学のバレー部に入ったばかりの頃。
練習が終わると、腕の内側に赤紫の斑点が浮いていた。
「毛細血管が切れただけだ」と
コーチは事も無げに言って笑った。
たくさん練習して皮膚が強くなれば、
そんなふうにはならなくなるのだ、と。
そうして切れた皮膚の毛細血管は、
ただの赤紫のシミだった。
日が経つにつれ、それは青くなり、
青黒くなったと思ったら、いつの間にか消えてしまう。
だが、目の中の赤いシミは、
いつまでも赤いままだ。
真っ赤な薔薇が、
少しずつ輪郭を崩しはじめ、
たったひとつの点になる最後の時まで、
それは、濁りのない血の色だ。
年を取ると、血管も弱くなるんでしょう。
そう言って、祖母は笑っていた。
目の中の真っ赤な薔薇が、
細めたまぶたの下にすっと隠れ、
あたしは、その薔薇の行方が気になって、
何度も祖母の顔を覗きこんでは、
ふいに表れるその鮮やかな赤に、
はっとして目を伏せるのだった。
美しい祖母は、いくつになってもオンナだった。
だからこそ、あの血の赤さが
妙に生々しく、なまめかしくて、
あたしを惹きつけてやまなかった。
鏡に映った目の中に、
赤い薔薇が咲いている。
疲れて窪んだ目の、妙に蒼白い白目の隅に、
鮮やかな血の色をした
薔薇が、咲いている。
