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やはり、今夜は洋食だな、と思う。
今夜くらいは、やっぱりね、と。

トウキョウにいた時には、圧倒的に「洋食」が多かった。
週7日のうち、和洋中の割合は、2:4:1くらい。
2のお米が、なかなかなくならない家だった。
それが、ここに越してきて2ヶ月で、いつのまにか変わってしまった。
ぐんと和食率が高くなった。

ここはとにかく、魚が美味しい。
どの魚もつやつやといい顔をしている。香しい海の匂いがする。
そして、野菜も、負けずに美味しい。
いきいきとした植物の匂いがして、驚くほどに甘い。
だから、なるべく素材のままで食べたいのだ。
土や海から遠く離れないうちに、わしわしと食べてしまいたい。
となると、なぜか和食が多くなるのだ。

それでも、やはりたまには洋食。
バレンタインでもあることだし。
久しぶりにシャンパンも飲みたいし。
きんと冷やして。うん。
シャンパン、シャンパン、シャンパン。
口の中で唱えながら、
ツマミは何にしようと思いスーパーのショーケースをのぞいて歩く。
と、赤い札が目に入った。
キャビア 348円
安い。もちろん、キャビア「もどき」だけれども。
それにしても、安い。
ふん。いいじゃないか。「もどき」だって。
こういうのはキブンの問題なのだから。
やけに軽いちっちゃな箱を、ぽんと籠に放り込んだ。

チーズを切って盛り合わせていると、傍らに立つオットが笑った。
ふふっ。と。
なに? どうしたの?
これ。読んでごらんよ。
含み笑いをしながら、「もどき」が入っている硝子の容器を差し出してくる。
小さな丸い硝子の容器には、黒い金物の蓋がしっかりとはまっていた。
その黒い蓋に、小さな文字。

「開封前にご確認ください」
ふむふむ。
「このキャップはセーフティボタン付キャップです」
声に出して読み上げるわたしに、「そこまでは普通」とオットの解説がつく。
「蓋の中央がへこんでいれば、完全密封されています」
なるほど。
別におかしくないじゃない。
オットの顔を見あげると、彼はまなざしで先を促す。
えっと…。
「開ければポコンとふくらみ、押さえればペコペコ音がします」

……ふふっっ。
わたしも笑った。

 開封前にご確認ください。
 このキャップはセーフティボタン付キャップです。
 蓋の中央がへこんでいれば、完全密封されています。
 開ければポコンとふくらみ、押さえればペコペコ音がします。

ね。おかしいでしょ。
いや、何が可笑しいんだ?というヒトもいるかもしれない。
ペコペコ音がします。――だから、何?
そう怒り出すヒトもいるかもしれない。
たしかに、この説明書き、コトバが足りない。
3行目までは、どうにか「密封容器」の「説明書き」になっている。
それなのに、この4行目は何だろう。
本当なら、
「密封が解除されると、蓋の中央がふくらみます」とでも書くのがフツウだろう。
そして、より親切に言うのなら、
「押してペコペコと音がしたら、それは密封されていないということなので、
もしかしたら品質が変化しているかもしれません。きちんと密封されているかどうか
確認してからお召し上がり下さい」

開ければポコンとふくらみ。
コトバの足りない「もどき」は語りかけてくる。
丸くて固いキャップが、とつぜん、とぼけた表情で動き出す。
ポコン。ペコペコ。

「押さえればペコペコ音がします」
もう一度、口に出して言ってみる。何度でも言ってみる。
なんだか、かわいいね。この「もどき」
上機嫌のわたしに向かって、オットはにやりと不敵に笑った。
「だろ。きっと、気に入ると思ったんだ」

ペコペコ。ポコン。
唄うように繰り返しながら、タマネギを切り刻む。
紅色のサーモンの上に撒き散らすために、どんどん小さく切り刻む。
ツンと精気を撒き散らすタマネギに涙しながら、アタシは密かに感謝する。
こんなツマンナイ事を喜んでいるオンナの横に、
一緒になって喜こんでくれるオトコがいることに。


ポコン。