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太地喜和子という女優には、興味があった。
興味はあったのだが、実際に劇場に足を運んだことはなかった。
数本の映画や、雑誌やテレビでのインタビューで見ただけだった。
でも、どんな時でも太地喜和子は、他の役者とはちょっと違っているような気がした。
恋に奔放に生き、芝居に全身全霊を傾け、
最後は「唐人お吉」の公演期間中、そのお吉が死んだ下田に近い海へ、
車ごと落ちてあっけなく逝ってしまった。
伝説のヒトとなるべくして生き急いだようなヒトだった。

役者であれ、スポーツ選手であれ、作家や芸術家、または音楽家…。
どんな職業であっても、端から見ると常軌を逸しているように見えるほど、
その中に入り込んでいくヒトがいる。
そんなヒトの内側には何があるのか。何が彼らをそこまで駆り立てるのか。
そういうことに興味を抱くようになったのは、自分がモノを書くようになってからだ。
自分がモノを書こうと、書くまいと、世の中は何も変わらない。誰が困るわけでもない。
それなのに書きたいという想いは、深く暗い井戸に湧く水のように、
じくじくと沁みだしてくる。
何をしていても、どこにいても、書かねば、という焦燥感のようなものが、
矢尻を向けて追ってくる。
いったい、これは、何なのだろう。
優れた才能の持ち主に自分をなぞらえるようなおこがましいことは思っていない。
ただ、素朴に「知りたい」と思うだけなのだ。
そんな想いから、わたしはこの本の頁を捲った。

著者の長田渚左は、スポーツライターである。
が、太地喜和子に「妹」のように可愛がられた「元・役者志望」でもあったのだ。
「飢餓海峡」という芝居に出た太地喜和子を見て、
からだが震えるほどの衝撃を覚えた著者は、
その再演の舞台に立つ彼女を見て、役者になる夢を捨てる。
太地喜和子を超えることなど絶対にできない、そう悟ったのだという。
女優になりたい、という想いの原点が、
太地喜和子であったことが、著者の不幸だったのかもしれない。
いや、反対に幸いだったのか。
そんな著者に向かって、ある時、喜和子は言う。
自分は52歳で死ぬから、あんた、あたしを書きなさいよ。よ。
しかし、書こうとして取材するほどに、
太地喜和子というオンナの一生は、一筋縄ではいかないことが分かってくる。

喜和子は、産みの親を知らない貰い子だ、と自らの出生を語る。
彼女は、誰かが取材するたびに、違う「出生の事実」を語るのだ。
彼女は、「出生」というものを、『人生という名の舞台への登場』だと思っていたという。
常に「女優」として生きていた彼女には、
女優としての出生が必要だったのかもしれない。
そこまで徹した「女優」としての数々のエピソードは、
読んでいて息苦しさを覚えるほどだ。

『魚が海に泳ぐように、鳥が空を飛ぶように』太地喜和子は「女優」であった。
どうしてそんなにまで芝居に生きたのか。
何がそんなにまで彼女を駆り立てたのか。
結局、それは、本人にしか分からない。
いや、本人にさえ分からないことなのかもしれない。
魚の中には、泳いでいないと死んでしまう魚がいるという。
泳ぐことをやめると、息をすることが出来なくなるのだ。
喜和子は、きっとそんな魚だったのだろう。
そんな彼女が、最期は海で息絶える。
そのとき、何を思ったのか。
砂浜に散らばる貝殻のようなたくさんの謎を残したまま、
彼女はひとり逝ってしまった。
果てしない海の彼方に。


読み終えて、ほうっと息をついたとき、
喜和子の問いかけが聞こえてきたような気がした。
舌っ足らずでちょっとしゃがれた魅惑的なあの声で。

アンタ、ジブンの人生をほんとに一生懸命生きている? 

 


+++ 
『欲望という名の女優 太地貴和子』
長田渚左/角川書店/1992年/1400円

 
  

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